それぞれの荷物
「おはようブルー!」
西の離宮に到着すると、広い庭には湖から出てきたブルーが座ってこっちを見ていた。
嬉しそうにそう言ったレイが一気にラプトルを走らせていく。そして鞍上からブルーに向かって両手を広げて飛び上がり、そのままブルーに飛びついた。
突然自分の背からレイがいなくなり、ラプトルのゼクスが急停止して飛び跳ねて慌てている。
「ああ、大丈夫だから落ち着け」
苦笑いしたニコスが、即座にシルフ達に命じてゼクスを捕まえ手綱を確保する。
「レイ、蒼竜様に会えて嬉しいのは分かるが、せめてちゃんとラプトルを止めてから行きなさい。仕事に忠実なラプトルが、主人を振り落としたのかと思って驚いているだろうが」
いつもなら、ゼクスの上からブルーに飛びついても、マーク達やルーク達がゼクスを確保してくれるのだが、うっかりいつものようにしたら、ニコスに叱られてしまった。
とは言え、ニコスも笑いながらの言葉なので、これはあえて言ってくれたと思うべきなのだろう。
「あはは、ごめんなさい」
「分かればよろしい」
慌てて謝ると笑ったニコスにそう返されて、顔を見合わせて揃って吹き出したのだった。
「じゃあブルー、またあとでね」
ラプトルから降りたタキス達と一緒に、待ってくれていた執事に案内されて建物の中へ入る。
ブルーは、レイが建物の中に入るまでその背を見つめていたが、最後に振り返って自分に笑顔で手を振るレイを見て嬉しそうに喉を鳴らしたあとは、扉が閉まったところでその場に丸くなってゆっくりと目を閉じたのだった。
「えっと、ここで何かする事はあるの?」
前を歩く執事に、少し小さな声でレイが話しかける。
「はい、まずは瑠璃の館から運ばれてきております皆様のお荷物の確認をお願いいたします。もしも何か漏れているものがありましたら、即座に対応させていただきますので」
その言葉に、レイとタキスとギードの視線がニコスに集まる。
「な、言っただろう? ちなみにもしも俺達がまだ荷造りしていなかったとしても、執事達はそこまでやってくれるぞ」
当然とばかりに笑ったニコスにそう言われて、タキスとギードだけでなくレイまでが揃って驚いたように周りにいる執事達を見る。
当然のように笑顔で頷かれて、三人はそれぞれに感心したような声を上げたのだった。
「おお、本当に荷物が届いておるわい」
案内された部屋には、三つの荷物の山が置かれていて、苦笑いしたギードが右側の山に駆け寄る。
無言で箱の中身を確認し、横に用意されていたハンガーに掛けられた自分の服を見る。
ニコスとタキスもそれぞれ真ん中と左側の山に駆け寄り、木箱の中を確認し始めた。
どうやらギードは、マイリーからいくつか図面や書類を預かり試作の頼み事をされていたらしく、何やら分厚い書類の束を取り出して真剣に確認していた。
ニコスの荷物がまだ一番少ないようだが、それでもかなりの量だ。
こちらも木箱にぎっしりと詰まった本と大量のノートを取り出し、苦笑いしながらノートの数を数え始めていた。
「本当に完璧ですね。驚きました。ペントレーに置いたままにしていた私物の万年筆まで、ちゃんと入れてくれていますよ」
やや小さめの木箱を開けたタキスが驚いたようにそう呟き、中に入っていた袋から濃い茶色の木目が綺麗な万年筆を取り出した。
「へえ、それは初めて見るね。とても綺麗だけど……ちょっと大きな傷があるね。修理しないの?」
タキスの手の中にあったそれは、蓋の側面部分に何かで削り取ったような斜めの傷が大きくついている。
蓋側なので書く際に邪魔になる事は無いだろうが、これは修理した方がいい程の傷だ。
「これは、私の宝物でアーシアからの贈り物なんです。まだ結婚前、付き合い始めて間もない頃の降誕祭で贈り物の交換をした時に貰ったものです。ペン先はミスリルなんですよ、ほら」
そう言って蓋を開けると、確かにペン先は見慣れたミスリルの色をしていた。濃い焦茶色の木目もとても綺麗だ。
「ミスリルのペン先は好みが分かれると聞きますが、私は、このやや硬い書き心地が気に入ってそのままずっと使っていました。あの時にも……着ていた服の胸元に無意識に入れていたんです。この傷は、追っ手と戦った際に付いたものです。血に塗れていたそれを洗いはしたもののインクなんて森にはありませんからね。当然、紙も。そのまま長い事放置していたんですが、ギードが来てからこの存在を思い出して……それでお願いして手入れしてもらい、ドワーフギルドを通じて紙とインクを購入させてもらって、また使えるようになったんです」
なんでもない事のように言われて、レイの方が言葉を失う。
隣では、ニコスも知らなかったらしく驚いた顔をしている。
「タキス……」
「そんな顔をしないでください。この傷は、まさに私の命を守ってくれてついた傷なんですから、名誉の負傷ですよ。だから以前ギードにも、この傷は修理しなくていいのかと聞かれたんですが、そんな訳なのであえて修理はせずにそのままにしてあるんです」
笑ってその傷を愛おしげに撫でるタキスの言葉に何も言えず、レイは背後から腕を伸ばしてタキスに抱きつきその頬にそっとキスを贈ったのだった。




