朝練と弓の稽古
「ううん、かなり体が鈍っているなあ。冗談抜きで、森へ戻って農作業や家畜達の世話をしたら筋肉痛になりそうだ」
「あはは。気持ちはわかるけど、無理しないでね」
柔軟体操をしているニコスの横で、同じく柔軟体操をしていたレイが笑いながらそう言ってニコスを見る。
「まあ、なんとかするさ。いやあ、それにしてもレイの体は柔らかいなあ。若いって凄いんだなあと感心するよ」
呆れたようなニコスの言葉に、体を起こしたレイがまた笑う。
「毎日頑張って訓練しているからね。鈍っているって言うけど、ニコスだって充分柔らかいと思うよ」
「どうせ私の体は硬いですよ」
笑ったレイの言葉に、足を伸ばして床に座り体を二つ折りにして腕を伸ばしているタキスが、若干拗ねたようにそう言ってそっぽを向く。
確かにタキスの体はレイ達三人よりもかなり硬そうで、伸ばした指先と足の先はかなり遠い。
「元々鍛えていた僕らと違って、タキスはこういった訓練はしていないんだもの。固くて当然だよ。ほら、無理に伸ばすと背中の筋を痛めるって」
体を起こしたレイが、笑いながらそう言ってゆっくりとタキスの背中を押してやったのだった。
「さて、ではまずは軽く手合わせといくか。素手でよかろう」
肩や首を回しながら、やる気満々なギードが笑う。
「お願いします!」
目を輝かせたレイがギードの前に立ち、向き合った後に笑顔で一礼し、そのまま無言で見つめ合う。その後に二人が同時に動いた。
がっしりと頭上でお互いの手を握り合い、ギリギリと歯を食いしばって押し合う。
「おうおう、なかなかの力よのう」
両足を広げて踏ん張るギードが、レイを見つめたままにんまりと笑ってそう言う。
「ギードだって……大概だと思うよ!」
大声でそう叫んだレイが、腕をぐっと振り上げて捻るように腕を回す。
「うおぅ!」
咄嗟に踏ん張りきれなかったギードがそのまま勢いよく一回転して転がる。
しかしそのまま受け身を取って転がり、逆に握った手を引いてレイの体を引っ張った。
「ええ! ちょっと待って!」
そのまま押さえ込むつもりだったレイの体制が崩れた瞬間、咄嗟に手を振り払いレイの手首を取ったギードがそのまま投げにいく。
レイが悲鳴をあげて吹っ飛ばされて背中から落とされるが、当然、急所は庇ってくれているので問題ない。
豪快な音がしてレイが転がり、即座に二人が離れる。
「参りました! ううん、目が回った〜〜」
両手を上げたレイがそう言い、そのまま床に手足を伸ばして転がる。
「もうニコスもギードも強すぎだよ。ちょっとは良い勝負が出来るかと思ったけど、全然勝てない」
手足をジタバタさせて拗ねたようにそう言うレイを見て、ギードとニコスが揃って吹き出し、遅れてレイとタキスも揃って吹き出し、第二訓練所は笑いに包まれたのだった。
「おいおい、今朝はゆっくりして良いって言っていたのに、まさかの朝練かよ」
その時、白服に着替えたルークとカウリ、それからタドラとロベリオとユージンとティミーが第二訓練所に顔を出した。
「ああ、おはようございます」
ニコスと組んでまだ柔軟体操をしていたタキスが、笑顔でティミーに手を振りながら挨拶する。
「おはようございます。あの、ご一緒させていただいても構いませんでしょうか」
笑顔で進み出たティミーの言葉にタキスが笑顔で頷き、並んで一緒に柔軟体操を始めた。
「じゃあ、俺達もせっかくだからご一緒させていただこうか」
笑ったルークの言葉に、皆それぞれ散らばってまずは準備運動を始めた。
「おはようございます! えっと、今から僕はギードに弓を見てもらうんだよ」
訓練用の弓と矢を手にしたレイの言葉に、準備運動を終えたルーク達が驚いたようにギードを見る。
「なんでも、レイは弓が少々苦手で苦労しておると聞きましたのでな。一応、ワシは森での狩りの際に弓を使いますので、何か教えてあげられる事があるのではないかと思い、弓の腕を見せてもらうように言ったのですわい」
「ああ、成る程。それなら、俺も聞きたいですよ」
笑ったルークの言葉に頷き、レイが部屋の奥の壁にかけられた的に向かって構える。
もちろん、ロベリオやティミー達がいる場所とは反対側だ。
「ではいきます!」
矢筒を背負ったレイがそう言い、まずは手にした矢をつがえて身構える。
放った矢は、的の端に当たった。
「ふむ、姿勢は良いが、体に力が入りすぎておるぞ。無駄に前のめりになっておる! 背筋を伸ばせ!」
そう言ったギードが、立ったままのレイの横に立ち背中を叩いた。
ペチリと甲高い音がして、レイが咄嗟に声をあげそうになって堪える。
「ほれ、肩の力を抜いてみろ」
笑ったギードがそう言い、横から腕を伸ばして握り方も教えながら矢をつがえさせて、レイをもう一度身構えさせる。
「視線は的に真っ直ぐ。もう少し体を開け。腕は上げすぎない」
「はい!」
次々に飛ぶギードの指導に従い、レイが短く返事をして改めて身構える。
「へえ……さすがだな」
少し離れたところで見ていたルークが、感心したように小さくそう呟く。
ギードの指導は、基礎的な事ばかりだが、的確にレイの悪いところを直している。
しかも、実際に体に触れてから指導しているので、レイ自身も言われた事を正確に理解出来ているのだ。
「よし、そのまま射てみろ。力を入れすぎぬようにな」
「はい!」
元気な返事の後に放たれた矢は、真っ直ぐに飛んで先ほどよりも真ん中に近い位置に当たった。
「凄い! 真っ直ぐに飛んだよ!」
「よし、まずは上手くいったな。これで分かったであろう? 力を入れすぎては上手くいかぬと。では次は速射だな。まずはやってみなされ」
「はい! よろしくお願いします!」
元気よく返事をして、数回矢を射て見せる。
「一射目は良いが、二射目の時点で既に体の軸がぶれておる。これでは真っ直ぐには打てぬ」
詳しくギードに教えてもらいながら姿勢を正し、矢を連続で放つレイはとても良い笑顔だ。
そして、教えてもらっては矢を射る度に確実に上達しているのが見ていても分かった。
「ギード凄い……」
「速射であんな的確な指導、初めて見たかも……」
「僕も習いたいです……」
「それを言うなら、僕も習いたい……」
一方、離れたところでティミーを中心に荷重訓練をしながら見学していたロベリオとユージンが、手を止めて感心したようにそう呟き、その横では、まだ弓を上手く引けないティミーと、それなりに出来はするもののレイと同じく実は弓が苦手なタドラまでが、揃って羨ましそうにそう呟いていたのだった。




