第26話 リリスの心
留年かも知れん……
其処は暗く、冷たかった。目は開いている感覚はあるけれど、目に映るモノは闇、闇、闇。光も音も何もない。
だけどまるで水の中に居るようにフワフワとした感覚だけはある。何も無い。
だがその感覚がとても心地良くなってくる。
「――俺、死んだのか?」
その呟きすら自分では聞こえない。ただ、そう思って口が動いたからそうだと認識しただけに過ぎない。
沈んで沈んで沈んで――かなり長い間沈んで……イヤ、時間の概念さえ無いのかも知れない。
もしかしたら自分が体だと認識している所には何も無いんじゃないか。そんな考えすら思い浮かんでくる。
誰かが助けに来ると言う考えは当の昔に捨てた。
ずっと、ずっと見つめ続けていても誰も来ない。
ずっと、ずっと待待ち続けていても誰も来ない。
――あぁ、ここで死ぬのか。
このまま誰にも見られず、誰にも悟られず、自分でも何時消滅するか分からないまま。
――怖い、怖い、怖い怖い怖いコワイ。
その恐怖が頭の中を駆け巡る。
――嫌だ、嫌だ、死にたくない、死にたくない!
だけど誰の耳にも届かない。誰も見つけてくれない。
そして俺は――
*
誰も居ない部屋で倞は眠っていた。まるで死んでいるかの様に眠り続けている。
既に二週間と言う決して短くは無い時間が流れているが、倞は一向に起きる兆しを見せない。
その時、ドアをノックする音が聞こえる。
「入るぞ。」
ガチャリと音を立て扉を開いたのは水の入ったお盆を持ったリリスだった。
リリスはお盆を倞の枕元にある机に置き、手拭いを水に浸す。それを絞り、倞の額へ置く。
そうして倞の身の回りの事を粗方終わらせたら椅子をベットの横に置きそこに座る。
「――まだ目覚めないのか……。一体どれだけ待たせれば気が済むんだお前は。」
リリスは倞の手を取り、抱きしめる。その瞳は濡れていた。
*
一体何時からだろうか。こんなにもリョウの事を思い始めたのは。
初めの頃は少し変わった奴、と言う程度の認識だった。自分の柄にも無く魔法を教えてしまったり、果てには一緒に旅をしたり。
魔法も使え、剣も力任せな所もあるが悪くは無い。寧ろパートナーとしては上出来だ。一緒に居れば利益はあるだろう。そう思っていた。
だけど、暫くしてリョウが居ると心の奥が温かく感じる自分がいる事に気が付いた。
初めは戸惑った。これは何なんだろうかと。
だけど次第にそれが心地良いと感じる様になった。
それからだろうか、次第に視線はリョウへと向けられるようになったのは。
一緒に居る時は楽しかった。だけど今のリョウを見ると悲しい。
――一体この気持ちは何なのだろうか?
*
カンニバル帝国内にあるとある工場。そこでは何かを焼く音や、回す音。部品を運ぶ音等が絶えず鳴っていた。
その工場で、カンニバル帝国の重鎮と工場長たちが集まり会議をしていた所に、とある報告がなされる。
「魔法石の備蓄があまり進んで無いとはどう言う事だ!」
「――どうやらラツア王国の貴族らが買占めに走っているようでして……。」
その報告に重鎮達は頭を抱える。
「一応、全て稼働できない訳では無いが……。あの量は流石に不安だ。」
「ならばいっその事、稼働させる物を選定した方が良いのでは?」
「何を言っている!Sランク冒険者の証言では、敵は海からもかなりの数が来ると言っているではないか!戦力を無くすのは危険すぎる!」
「もしそのSランクの冒険者が嘘の証言を言っていたら?」
「何の為に嘘を吐くんと言うのだ!」
「そうだ!混乱を引き起こすような意味の無い行為をする筈が無い!」
場が荒れる。各々が答えの出ない問答を永遠と繰り返す。それはまるで、責任の押しつけの様にも見える。
もし、全て稼働させ、魔法石が足りなくなれば。
もし、稼働を制限して敵より数が少なく、ボロボロにやられたならば。
そんな話し合いにカエサルは机を拳で殴る。
辺りは静まり返った。
「――私が稼働させる物を選定する。もしこの判断が間違っていたらその責は全て私にある。」
それだけ言うと、カエサルは席を立ち、
「後ほど選定した物を通告する。以上だ。」
と言い、場を後にした。
*
「はぁ……。」
溜め息が零れる。カエサルは先程の会議を思え返しもう一度溜息を零す。
カエサルが乗る馬車は工場のあるオーバから首都エゾルへと向かっていた。数日かけこの地へ来た割には成果は無いに等しかった。
手元にある資料を捲りながら稼働を優先するべき物を考えていく。幸い、稼働させるのに必要な魔法石が足りないだけで弾薬と砲弾は有り余るほどある。
今までの稼働テストから必要な魔法石の量を割り出し、数を揃えて行く。
ふと、カエサルは思い出したかのように呟く。
「――スターシャにこの事を報告しなきゃ……。」
カエサルはストレスで悲鳴を上げる胃を擦りながらどの様に報告するか悩む事となった。




