第8話 賢い少女、引き返せない男
「アネは親友なの。ずっと公園で遊んだり、教会で一緒に勉強してたのに、一週間くらい前から急に来なくなって……心配だから家に行ったら、その、その、」
「…………」
「……な、亡くなってたの。お母さんが。それでアネはいなくて……」
その場面を思い出したのか、少女は顔色が悪くなった。カタカタと震える両手と、つっかえながらも早口の語り口は、彼女がその秘密の重圧に耐えられなくなってしまったことを示していた。
友達は化け物になってしまった。早く通報しなければ周りの人間に被害を与える可能性があるが、通報すれば、友達の命はない。
彼女はヴェイルを似た境遇の人物だと思っている。共犯者になってほしいか、あるいは通報する背中を押してほしい——か。
「——罹患者だと分かってるってことは、おまえはその〈アネの絶光領域〉の場所を知ってるんだな」
「……うん」
ただしヴェイルにとって重要なのはそれだけだった。まだ追跡者に殺されていない罹患者の居場所。つまり悪魔の居場所だ。
しかしヴェイルには光の才能がなく、一人では絶光領域を攻略することができない。
ヴェイルはじっと少女を見た。貧乏ではないのだろうから、健康的な体つきをしている。性格は本来快活そうだし、運動もできるだろう。
「光の力は誰にでもある。自分で〈アネの絶光領域〉を攻略するのはどうだ?」
「む……無理だよ。……そこにいるのはアネだって分かってるのに、あたし、怖くて……」
「そうか」
……さすがに少女一人に追跡者の代わりをさせようというのは無茶だ。イェスタ少年ならまだしも。
ヴェイルは考えるポーズをとった。何としてでもアネに取り憑いている悪魔を捕らえたい。悪魔を捕らえるということがつまりどういうことなのか、ヴェイルにはまだ分からなかったが、とにかくやるのだ。
そのためには、光の力を持つ誰かに絶光領域を攻略してもらわなければならない。
「——。……僕に考えがある」
「えっ?」
涙ぐんでいた少女がぱっと顔を上げる。
「とりあえず、おまえは僕に絶光領域の場所を教えた後、協会に通報するんだ」
「でも、そしたら、追跡者が……」
「いずれはそうなる。それが早いか遅いかの違いだ。ただ、これを逃せば——」
「っ」
少女は唇を引き結んで、震える手を合わせて強く握りしめた。すると少し震えが小さくなり、一滴涙が落ちたきり、それ以上彼女の眦が濡れることはなかった。
「……っうん、そうだよねっ。——あたし、アネに生きていて欲しいけど、それよりももっと……人殺しの化け物になって欲しくないっ……‼︎」
「僕に何ができるかは保証しないが、任せてみて欲しい」
彼女は深呼吸をして、ヴェイルの袖から手を離す。
「……ありがと、お兄さん。もう大丈夫だよ……あたし、ちゃんと通報してくるから。お兄さんはちゃんと、アネが本当の化け物になるのを止めてくれたよ」
そう言って、少女は痛々しい微笑みを浮かべて立ち上がった。
「そういえば、お兄さんも協会に行こうとしてたんだよね。一緒に行く?」
そして表の方へ駆け出そうとするので、ヴェイルは驚いてその腕を掴んで引き留める。
「? 待て」
「……何?」
どうやら通報する気にはなってくれたようだが、彼女はもう一つの要件を忘れている。きょとんとした顔に、ヴェイルは内心焦りながら訴えた。
「先に僕に絶光領域の場所を教えてもらわないと困る。どうにかしたいんだろ」
すると、彼女は徐々に目を見開いた。
「……。お兄さん……本当に?」
と呟いて向き直る彼女に、ヴェイルはとにかく「本当だ」と頷いた。少女の瞳がまた少し潤んで、キラキラとした眼差しがヴェイルを見た。……後のことは考えない。




