第9話 アタリくじの研修
〈アネの絶光領域〉は、公園の茂みの奥、通報者ノーマと遊んでいた「秘密基地」にあった。枝で囲われた小さな空間の中には二人が編んだと思われる花などが飾られており、その中央の地面に真っ黒い洞が空いていた。
年少者の絶光領域は比較的力が弱い傾向にある。ジョーディンは、今月入隊したばかりのエステルとカピラの緊張した顔を見て思わず笑った。
「——ノーマちゃんによれば、この絶光領域はできてから一週間弱経っているが、恐らくレベル0——つまり、人を取り込んだことはないと見える」
「一週間弱……普通は、五、六人犠牲になっている頃ですよね」
「そう。人を積極的に取り込まないタイプの罹患者は、まだ理性が残っていることが多い。だがそれは話せば分かるわけじゃあなく、大概の場合、ただ完全に『堕ちた時の反動が大きくなる』だけなんだな。——というわけで、今のうちに俺たちでやるぞ」
「はい」
「い、いつでもいけます!」
エステルは涼しい顔をしているが取り繕っているだけだ。カピラはあからさまに緊張しているが、手は震えていない。この二人を連れてきたのは正解だった。
ジョーディンはマッチを擦り、オイルランタンに点火した。揺らめく灯りに、エステルは不思議そうに首を傾げる。
「光では照らしきれないんですか?」
「いやいや、これが重要アイテムなんだぜ。そうだな——チェッカーを想像してみろ。チェスの黒マスを使う、相手のコマを飛び越えて奪うゲームだ。白は光で、黒は闇。コマはそれぞれの能力だ」
二人は真剣な顔でジョーディンを注視して、想像しましたと報告するようにこくこくと頷いた。
「だが実は追跡という名のチェッカーは全く平等じゃない。なぜなら、この盤面は闇にとってだけ全てが黒マスで、奴らはそこに自由にコマを置けるんだ。——この新しい黒マスが、“闇”に対しての単なる『暗闇』」
「あ!」カピラが気付いて声を上げる。
「そう、俺たちは絶光領域という暗闇の中で、不利な戦いを強いられてるんだ。それを克服することが確実な追跡の第一歩」
「光と光の役割は違うんですね」
「そういうことだ。——ほら、だからお前らはランタンを持ってろ。手放して戦ってもいい。行くぞ」
「はい!」
ジョーディンはカピラにランタンを渡すと、光を拒絶する洞の中へと思い切り飛び降りた。
静かだ。慎重に降りてきたエステルたちの衣擦れの音が響いた。ジョーディンがトン、と手首を振り下ろすと、その手中から光が発現して杖が現れる。
「さて、どうやら序盤は罠でお出迎えみたいだな」
「ジョーディンさん、罠というのは……」
「今から俺が杖で地面を叩く。すると、罠がある位置で闇の影響を受けて光が揺らぐはずだ。見てろ?」
ジョーディンはすぐにその通りにした。カツン、と音がすると、そこを中心にして光の白い波が広がった。それは波打ち際の白い帯のようだった。
「床だ!」
カピラが感心したように声を上げる。広がっていく光の流れが下でだけ妨げられているのが一目で分かったのだ。直後、光に反応した罠が作動し、鋭い板が高速で迫り上がって通路が塞がれる。
「わっ。なるほど、あれは当たったらひとたまりもない……」
「壁をぶち破る必要が出てきたな。フム、俺がやってもいいが……」
「私にやらせてください!」
エステルが立候補して、光を発現させる。彼女の光は目を見張るほどの大きな弓矢だった。彼女は背筋を伸ばすと、完璧な動作で矢をつがえる。パッ、と放たれた矢が壁に突き刺さると、矢先で光がユラっと燃え上がった。火矢だ。
「おお、いいな。もう少し火力が欲しいところだが」
光でできた炎は、火が紙の上で燃え広がるように闇の壁をゆっくりと溶かしていく。
ジョーディンはその穴の奥に闇蟲の気配を見た。さて彼らはいつ気付くだろうか、と少し待っていると、声を上げたのはカピラだった。
「——奥に何かいる」
「えっ」
エステルが動揺しながらもう一度矢をつがえる。そして放たれた火矢は壁の向こうの地面に刺さり、ぼんやりと闇蟲のシルエットを浮かび上がらせた。
ジョーディン調べでは、「追跡者をやめたい理由」堂々の第二位に「闇蟲が気持ち悪い」がランクインする。痩せ細った人間のような、死体を食い荒らす獣のような、骨格の透ける昆虫のような……折り重なるように群れたそれは、萎びた目でこちらを見ていた。
「ひっ」
「エステル、ボクもやってみる。援護頼むよ!」
エステルが小さく悲鳴を上げるが、カピラが前に出、ここからはこちらの陣地だとばかりにランタンを置いたことによって状況は好転した。エステルはこくこくと頷き、尻込みしながらまた構える。
「そうそう、いい感じだ」
「はアッ——」
カピラが両手を振りかぶると、その手の中にはウォーハンマーが現れた。光は弱めだが、その意気は評価に値する。ジョーディンはカピラの死角に回った闇蟲を杖で叩き落とした。溢れるように出てくる闇蟲は既に火矢で弱っており、戦いやすい。
「俺ってばこれでボーナスもらえちゃうんだから、優秀な新人様様よね」
潰れた闇蟲の頭部からは、黒インクのような液体がべっとりと飛び散る。ちなみに、この液体には恐光症感染確率の上昇という健康被害がしっかり確認されているので、扱いに注意が必要だ。
「ふっ……! うあ!」
最後の闇蟲に、カピラがハンマーを振り下ろす。ビシャ、と闇蟲が潰れる時の特有の音がする。
彼は汗だくで、しばらくその姿勢のまま荒い呼吸をして動かなかった。戦闘前の天然な感じとは全く違って見えた。エステルもまた、完全に集中状態に入っていたという顔をしている。
「はーっ、はー……」
「よしよし、簡単に片付いた。よくやった」
「あ、ありがとうございます……」
「先に進もう。油断するなよ〜」
ジョーディンは上機嫌に言いながら、もう一度トン、と地面を叩いた。するとまた光の波が現れ、闇蟲の体液を浄化していく。顔を上げたカピラが思わずといった風に「すご……」と呟いたが、追跡者を生き残って続けてる奴ならこのくらい眠っていてもできなきゃあなあという感じである。
闇蟲が一掃された後の絶光領域は心なしか光が広がりやすく、ランタンだけで随分明るい気がした。一戦を終えて、エステルとカピラにはいい落ち着きが出ていた。
「さて……」
「あれ?」
ジョーディンは右折してすぐ、想像よりも随分早く現れた突き当たりを前にして、腕を組んで立ち止まった。しかし道を間違えたわけではない。
そこには、大量の鎖と錠で固められた物々しい扉があった。
「フム。絶光領域のパターンは罹患者の精神世界に影響される。この扉に心血を注いだってことは、優しさや自制心よりは臆病って可能性も出てきたな」
「…………」
「まあ、そういうこともある。それじゃ、開けるぞ。せっかくだからお前らも合わせろ」
「は、はい」
こちらを攻撃してこない物を警戒していても仕方がない。速戦即決だ。ジョーディンは杖を軽く空中に投げて逆手に持ち直すと、その先を垂直に扉へと向けた。
「はい、せー、のっ」
「!」
「わわっ」
軽い合図だったが、二人はきちんと合わせてきた。ガンッという重く鈍い音と共に光が一際強く輝き、鎖を貫いて炸裂する。目が慣れた先には罹患者が——。
「追跡ご苦労。——動くな」
「⁉︎」
突然背後から知らない男の声がして、ジョーディンは反射的に振り返った。
「動くな、って言っただろ。次はないぞ」
瞬間、ジョーディンの視線は、男の手元に釘付けになった。
それは鈍く光を反射する、銀色の——銃。
実銃。




