第10話 ハズレくじの仕事
「——エステル、カピラ、動くな! いいな」
ジョーディンはこれまでで一番低い声、鋭い口調で言い放った。
男はローブを着て顔や体型を隠しており、掴みどころがなかった。しかしただのゴロツキのようにはどうしてか思えない。
「よし。そのまま光を消せ」
「何が目的だ」
「……罹患者をこちらに引き渡して欲しい」
「それはできない相談だな……」
男はすんなりと答えたが、それは全くもって受け入れ難い要求だった。
エステルとカピラと目を合わせて、光を消していいと頷く。ジョーディンも光を消した。相手の得物は銃だ。単純に暗い方が命中率は下がるだろう。それに、光は今の状況では罹患者にとどめを刺す用途にしか使えない。
追跡者は基本的に、光以外の武器を持ち込まない。それがここまで仇になることがあるとは思わなかった。
「——追跡者は批判されることもあるが、最初からその罪業までひっくるめて追跡者なんだ。罹患者の処理は俺たちが責任を持って行う」
「批判……? 僕がいつそんなことを言ったんだ?」
「罹患者を渡せっていうのはそういうことじゃないのか? お前、この奥にいる罹患者の兄貴か何かか?」
「違う」
男は怪訝そうに否定し、緩慢に歩きだした。もうその銃から逃れられない距離だ、とジョーディンは悟った。
情けない。相手が闇蟲でなくなった途端に、未来ある若者たちを守れなくなるなんて。
「……待て。お前の目的はあくまで罹患者なんだな?」
「ああ。罹患者さえ手に入ればそれでいい」
「——なら先に、この二人を外に出してもいいか?」
「っジョーディンさん⁉︎」
カピラが抗議の声を上げるが、ジョーディンは無視した。
この相手は危険だ、と直感が警鐘を鳴らしていた。優秀な新隊員二人をこんなところで失うわけにはいかない。それに、二人が助けを呼んできてくれれば、こんな閉鎖空間にいる男一人どうってことないだろう。
「それは構わないが、おまえは?」
「お前の相手になる。どうだ、単純だろ?」
「……。仕方ないな、それでいこう」
「話がわかるじゃないか」
ジョーディンは両手をエステルとカピラの肩に置いて、ぐっと前へ押した。彼らは狼狽していたが、互いにアイコンタクトを取ると外へ向かって歩き始めた。丸腰の状況が、かえって彼らを冷静にさせたようだった。
「っ……」
悔しそうな表情ながら彼らが無事に男とすれ違った時、ジョーディンは思わずほっと息を吐いた。この空間は曲がり角の奥にある。仮に彼がこれからエステルとカピラを殺そうとしても、その前にジョーディンが止めることができるだろう。
「……それで? 罹患者をどうするつもりだ?」
「少し試したいことがあるだけだ」
「試したいこと……ねえ。それは協会と協力してできないようなことか? 自分で追跡者になったらどうだ」
「それはもう試した。それに、協会が力を貸してくれるとは思えない。おまえだって今さっき『できない相談だ』って言ったじゃないか。だから僕は一番合理的な手段を取ったんだ」
彼は明らかに、何かの強迫観念に駆られていた。平坦な口調は狂信的にも見える。
「お前が何か危ない奴で、細かいことを訊いても意味がないのはよく分かった。じゃあまずは、お前にとって自明なことを訊こう。——お前は誰だ?」
「…………」
「ちっ」
男は答えようとせず、引き金にかけた指にゆっくりと力をかけた。ジョーディンは動きださざるを得なかった。
男は撃たなかった。そして、その視線はぴったりとジョーディンの動きに追従する。彼は、ジョーディンが無精髭の中年の見た目に反して動けることを既に知っていた。追跡中を尾けてきたわけだから当然だった。
「はじめから殺せばよかった」
彼はそうぼやいて、一発撃った。破裂音が篭って頭に響く。弾はジョーディンの肩の肉を少し抉り取ったが、問題はない。
接近すると、黒髪の男が右目に眼帯をしているのが見えた。
……若い。それこそエステルやカピラと同年代の少年じゃないか、とジョーディンは戦慄した。
「ふっ」
ランタンから少し離れた場所で、二人は殺気を交わした。掴み合いになり、ジョーディンは少年の手の銃を弾き飛ばすことができた。地面を滑ったそれを拾いに行く余裕は双方にない。
彼の動きは荒削りで無駄が多く危なっかしい。とてもまともな訓練を受けた者の動きではなく、確実な隙を読むまでにかなりの時間がかかった。
「お前も、ウチの新人だったら甘やかしてやったのに、よっ」
「くっ……」
ジョーディンの拳を腕で受けた彼は余裕をなくしながらも、その後、受け流して追撃を避けてみせた。だが一瞬、明らかに体力が削れて動きが鈍る。さらに腹に一撃。
「ゔっ!」
初めて彼の姿勢が崩れる。彼は躊躇なく転がって受け身を取り、フードの外れた顔でジョーディンを睨み上げた。赤色の隻眼が、ランタンの光を反射して燃え上がっている。
「——しっかし、追跡の後を尾けてきて獲物を横取りなんて聞いたことがねえ」
「…………」
「追跡者の敵でも味方でもない、だが罹患者は死守する……。どういうわけだこれは?」
彼は話す気がないようで、低い姿勢で駆け出し銃に手を伸ばした。
ジョーディンは杖を発現し、その先で銃を指す。
「“聖霊来たり給え”」
「!」
ジョーディンがそう唱えると、杖の先がキラッと光り、ドン! と鋭い音がして、光の——光の柱が現れ、銃の下の地面が爆ぜた。
絶光領域の地面は闇で構成されている。光がそれを抉り、銃が深い穴の底に落ちる音がする。
鋭い光に視界が妨げられたか、少年がよろめく。
「うう……?」
いや——。違う。ガクッ、と体の力が抜けて頭を抱える様は、先ほどまでの少年の強さからは考えられないものだった。




