第11話 僕とルアハは
「……。まさか」
ジョーディンは一瞬動揺したが、すぐに結論に辿り着いた。にわかには信じ難いが、理屈は通る。
彼は、光によってダメージを受けているのだと。それはつまり……。
「——発症前の罹患者……。それに、追跡者はもう試したってさっきの言葉。お前、ナシュタの奴が言ってた、イェスタ・マックスウェルの『弟』……『ヴェイル』か?」
「っ? ——」
一か八か、ジョーディンは杖を構えたまま彼に肉薄した。彼は辛うじて目を開いて、腕を盾にして攻撃を防ぐ。その瞬間、彼は「づううっ」と苦悶の声を上げ、後ろへ飛び退った。
光に近かった手の甲の肌が、黒く痣になっていた。もう言い逃れできない、完全に罹患者の特徴だ。彼は自分でそれを見て、驚愕したように目を見開く。
「正気を保ってるように見えるし、発症した後っぽくはないんだがなあ。まあ、別に発症前に処理しちゃいけねえって決まりもない」
「僕が——罹患者?」
ヴェイルはハッとしたように顔を上げて、調子を取り戻して杖を避けた。
「——じゃあ、悪魔は……」
杖が空を切り、しゃがんだ彼の髪を風がふわりと撫でる。
彼はそして息を吸い、しっかりとした声音でこう言った。
「“聖霊来たり給え”!」
「……はあ?」
ジョーディンには、彼の考えていることは全く分からなかった。それは追跡者のための詠唱のはずだった。
だが——直後、ぶわっと黒い旋風が巻き上がって事態の重さを知る。何か分からんがとにかくマズい!
「ッ——“聖霊来たり給え、天より御光の輝きを放ち給え”!」
ガン! と強く地面に打ち付けた杖の先から光の輪が広がり、床から壁、天井へと光が張り巡らされる。
しかし次の光は訪れず、この場所は暗いままだった。まるで——光が怯えているかのようだった。
彼の背負う闇が、どろりと床を這って壁へ進む。「しまった!」と、ジョーディンは悪態をついた。その闇の陰が目指しているのは——罹患者アネの居場所だ。
ジョーディンの立ち位置からは、横目に壊れた扉の向こうを見ることができた。
ヴェイルの闇は倒れている少女を覆って、そこにいる何かを捕食した。
「……ルアハ、君を信じる。だから力を貸してくれ」
闇の質量が少し増えた。
彼は片手をゆっくりと上げた。その人差し指がジョーディンに真っ直ぐ向いている。
その手の中に闇が滑り込む。それは真っ黒の銃の形を象った。
ヴェイルの指が引き金を引く。
それはさながら蝋燭の火を強風が浚うようなものであり、皮肉にも、追跡者が罹患者を「処理」する時と全く同じ呆気なさだった……。
◇
ヴェイルは崩れ落ちて喋らなくなったジョーディンを横目に、アネの小さな体を担ぎ出した。
絶光領域だった場所を出ると遠目に、増援を連れて戻ってきた「エステル」と「カピラ」の姿が見えて、フードを被り直して走る。
捕まらないように逃げるのは得意だった。右目を切られた時も、衰弱していてもそれ以上虐げられる前に逃げ出せた。イェスタと何度も互いを追いかけて遊んだが、ヴェイルに体力が付いてからは、へとへとになったイェスタがすっかり使用人の格好に着替えて働いているヴェイルを見つけてガックリするようなことが多かった。
ヴェイルは四番目の角を右に曲がって細い路地に入ると、更に右折して立ち止まった。
「——ノーマ」
「……っ! お兄さん!」
そこにモジモジと立っていたのは、アネの親友のノーマ。彼女はヴェイルと、ヴェイルの腕の中のアネを見ると、顔をくしゃっとさせて飛びついてきた。
「ほ……ほんとにアネを助けてくれたんだね……‼︎」
「言ってる暇はない。早く向こうに」
「うん……っ!」
約束は守らなくてもよかったのだが、まだ、アネについては確認したいことがある。
ヴェイルはアネをノーマに背負わせると、身軽になった体で元の道に戻り、追跡者たちを再び引きつけて逃げた。
ヴェイルの足取りは、今にも飛べそうなほど軽かった。今まで幻だろうと心底諦めていた彼女が、ずっと自分の中にいたと分かったから。
「……っ、フフ。あははは!」
ルアハの正体は、ヴェイルに取り憑いた「悪魔」だ。……こんなに嬉しいことがあるだろうか⁉︎




