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ドグマ・ルーアッハ  作者: 三科享史
第一章 晩夏
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第6話 公平なハイリターン

「——八万T(タンド)だ」


 そう告げられて、ヴェイルはまず眉を顰めた。

 薄暗い倉庫の中、テーブルに載せられたのは一挺の拳銃だった。ごく一般的な回転式拳銃。しかし、この国で認可されていない個人が入手することは容易ではない。


「僕が相場を知らないとでも?」

「いいや、お前さんに対しては妥当な価格だよ」


 不満を露わにするヴェイルを窘めるように、クレイグは言う。


「お得意様になる相手になら、オレ達もサービスしがいがあるってもんさ。だが、お前さんは違う」

「それにしたって高過ぎる」

「おいおい、ケチ臭えなあ。——そんくらいぽんと払えるだろうが、お前は」


 クレイグの声が低くなり、ヴェイルを冷たく刺す。ヴェイルは沈黙した。彼の視線はヴェイルの身なりをじろじろと観察していた。

 恐るべきことに、彼の推察はすべて正しい。ヴェイルは恐らく二度とここを訪れないし、八万T(タンド)は相場の約二・五倍、低所得者の年収よりも高いとはいえ手(・)切(・)れ(・)金(・)でぎりぎり払える額だ。ヴェイルは横目で、クレイグの部下たちが銃や武器を構えているのを見た。


「…………」

「ほオら、安いだろ? ——命に比べれば」


 なるほど、銃を売るよりここでヴェイルを捌いた方が、彼らは儲かるわけだ。四対一……圧倒的不利。


「……——」


 その瞬間、ヴェイルは動いていた。


「ふッ」


 浅く座っていた椅子を蹴って大きく下がり、後ろ手に座面に手をつき背後へ宙を翻る。着地の隙は見せず、一人の腕を引っ張って位置を交代して背後に回り込む。

 誰かが引き金を引き、不幸なことに銃弾がその男の腹ど真ん中に当たった。


「グッ」

「馬鹿野郎!」


 仲間同士で罵倒が飛び、ヴェイルはその間に銃を奪い取る。

 追跡者(パーサー)——つまり正式に恐光症(フォトラビア)に対処する職業を知る前から、ヴェイルは強さを求めていた。当初は一人で絶光領域(ニクトレルム)を攻略することしか頭になかったからだ。

 つまり多対一の状況は、ヴェイルの思考によく馴染む。


 冷静に、真っ先に狙いをつけた銃弾がクレイグの胸に当たる。強烈な反動で体が痺れるようだ。すれ違った弾がヴェイルの耳元を掠めた。これで、この空間は交渉の席の性格を完全に失った。


「……ゼロT(タンド)でオマケ付き、か」


 ヴェイルは呟きながら後ろへ跳び、二人に挟まれる立ち位置から逃れた。彼らの弾は驚くほどヴェイルに当たらなかった。彼らにとってヴェイルは、金持ちで世間知らず、怯える弱者の仕草の抜けないカモのはずだった。

 その観察が間違っていたわけではない。ヴェイルはこの貧民街に再び足を踏み入れてからずっと、かつての陰鬱な気分に支配されていた——しかし、今のヴェイルには思い通りに体を動かせる力があった。


「こいつっ……」


 気付けばヴェイルに距離を詰められていた男は、至近距離の中で狙いをつけようとする。ヴェイルはそれよりも早く脚を振り抜き、男の鳩尾を強撃した。


「ッ……‼︎」


 男は声もない悲鳴を上げて壁にぶち当たる。そしてヴェイルは素早く振り返り、もう一人に向かって銃を構えた。

 回転式拳銃の装弾数は五、六発。クレイグを撃ったので一減っているから、残りは四か五発と推測できる。対して相手の男は、既に五発撃っていた。

 ヴェイルは引き金を引いた。弾は少し斜め上に逸れる。


「っやめ、」


 修正。

 次の弾丸は吸い込まれるように真っ直ぐ男の額へと突き刺さり、その頭蓋骨を貫いた。ヴェイルはすぐに振り返り、鳩尾をやられてまだ震えている男に歩み寄ると、構えようとした銃を蹴り飛ばしてその頭を撃った。腹を撃たれた男が、戦闘に介入しようとして這いずり回って息を切らした状態で、ヴェイルを睨み上げた。その視界の中央にはヴェイルの顔ではなく、円形の銃口の暗い深淵があった。


「クソが……」


 ッタァンと軽快な発砲音が、最後に一つ響いた。ドクドクと加速度的に流れ出す鮮血を、ヴェイルは革靴の足で跨いだ。

 シリンダーはちょうど空になっていた。ヴェイルは本来買い取るはずだった銃を手に取ると、商人の持ち物を物色してホルスターを拝借した。

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