第5話 標的の顔が見える
しかし、結局その後もヴェイルは見つからず、イェスタは馬車の中で激しく貧乏ゆすりをしながら帰ることになってしまった。
今日の夕食には恐らく、選定の儀を済ませた二人を迎えるちょっとしたお祝いが用意されているはずだった。この家に来て二年しか経っていないヴェイルは知らないだろうが、イェスタは察している。いつもより豪勢な食事を、ヴェイルにはいつも通り食べて欲しかった。
止まった馬車を跳び降りて、イェスタは早足で玄関へと入った。すぐに「おかえりなさいませ」と述べるシェインに、真っ先に訊ねる。
「ヴェイルは?」
「? ご一緒ではないのですか?」
「————」
きょとんとした顔に、イェスタは思わずスウと息を呑んだ。あのやろう、と悪態を吐きそうになる。これまで反抗的な態度なんか取ったことないのに。そんなに拗ねるくらいなら、あの場でちゃんと異議を唱えればよかったんだ。
「実は……選定の儀で、あいつの番になった時に極光結晶が割れたんだ。判断が難しい状況だったのにあいつは即才能がないってことになって、しかも結局次の選定の儀への参加資格も与えられなかった。それで先に帰って……」
「お帰りなさい。——あなただけが選ばれたのね」
「!」
イェスタが身振りを加えて必死に訴えていると、奥から落ち着いた声が聞こえた。
そこには母が、冷めた表情で立っていた。想像していたどの態度とも違う。
「イェスタ。もう、あの子が帰ってくることはありません」
「……母上? それはどういう意味ですか?」
ものすごく、嫌な予感がした。
元々、ヴェイルを助けたり家に迎え入れたりしたのは全てイェスタの頼みだった。家の中にはもちろん、イェスタに相応しくないと彼を罵倒する者もいた。
その筆頭が母だった。父の忠告は主に「たまたま目についた彼一人を特別扱いする気か」というものだったが、母はものを見る角度というものが違う。ずっと、イェスタの品位がヴェイルによって穢されることを憂いていた。
「母上、あなたがヴェイルに何か言ったのですか?」
「いいえ、伯爵との約束です」
「父上が……?」
どちらにせよ、イェスタにとっては不測の事態だった。いつもはイェスタが間に入っているが、ヴェイルは立場上決して父に逆らえない。
「——あの子が追跡者になるなんて言い出さなければ、イェスタ、あなたも追跡者になろうとは思わなかったでしょう」
「またその話ですか。私はヴェイルに気付かされたんです。ヴェイルに流されたとか、一緒に働きたいから目指したとか、そういうことは決してありません。それは最初に説明したはずですが」
「そう、だから伯爵はあなた達が追跡者を目指すことを許した」
イェスタの優美な顔立ちは母譲りだ。その母の無表情はイェスタに恐怖すら覚えさせた。
「だから、彼には責任を取ってもらわなければならないの。イェスタと共に立派な追跡者となるか——それができなければ、マックスウェル家との縁はここまで」
「そんな」
「あなただって、本気で追跡者を志しているなら、あの子がいなくてもやれるでしょう?」
「————」
それは、そうだが、でも。
「……っ」
しかし、その条件がヴェイルとイェスタに対する優しさに溢れたものだと理解できたから、イェスタは何も言えなかった。本来、ヴェイルはとっくの昔にマックスウェル家から離れているべきだったからだ。
「そんな……」
……ヴェイルはここに帰ってこない。イェスタに追跡者を目指させた責任を取って。
その孤独が、さらに彼の心の弱みになってはいないだろうか。イェスタは無意識に、ナシュタに言われたことを前提として不安に思った。
少なくともヴェイルは発症していない。あれが本当だったとしても、まだ間に合う。
その場合、彼がマックスウェル家にいながら「精神の不調」をきたしたということになるが、そんなことを気にしている場合じゃない。
——追跡者は英雄じゃない……、“執行人”だ。
かつてヴェイルに言ったセリフが、自分の肩に重くのしかかった。イェスタはごくりと唾を飲むと、「夜には帰りますッ」と言って、また門の方へと走り出した。




