第51話 預言者、聖女セインウェン
「この先のお部屋で、覚醒者セインウェン様がお待ちです。あなた方以外の人間を入れるなと厳命されておりますので……私はここで」
「ああ、どうも」
職員が頭を下げて脇に寄り、イェスタとヴェイルは先へ進む。突き当たりの部屋の両開きの扉は何やら他とは違う荘厳な装飾のあしらいで、先ほど見た教会の方角へ向かって閉ざされていた。
「……。——僕が開けようか」
ヴェイルはそう言って使用人らしくイェスタの前に出て、扉に手をかけた。瞬間——バチッ、と指先で白と黒が弾ける。
「っヴィー」
「大丈夫だ。けど、どういう場所なんだ、ここは……」
「ヴェイル、そのまま一気に開けて」
そう指示するルアハに頷いて、ヴェイルは闇で守った手で扉をぐっと引いた。
——教会の方角に向かっているのではない。この扉はまさしく教会への入り口だったのだ。正面に祭壇が見えて、ヴェイルはそう気がついた。
「——お待ちしておりました、お二方」
そう言ったのは、ベールで目元を隠した、聖女のような女性だった。ヴェイルもイェスタも、目元を隠す理由には心当たりがあった。“天眼”だ。
そして——ダロン支部のベールの女、彼女は、「過去の未来」の記憶を持つヴェイルにとってはノーマの復讐相手でもあった。
追跡者の制服は元々軍職と聖職の間のようなデザインをしているが、彼女はそれよりもさらに聖職に寄った独自の服を着ていた。それだけで、彼女が権威を持つ特別な扱いを受けていることが分かる。
この空間は、絶光領域の逆——薄い光が満ちた、ヴェイルにとっては少々息苦しい場所だった。ルアハがヴェイルを守るように、浮遊してその首に腕を回す。
「私は預言者、セインウェンと申します。あなた方のことは存じ上げていますよ。覚醒者イェスタ様と——堕天使の契約者、ヴェイル様。主は、あなた方に導きを与えることを望まれています。その慈悲に、深い感謝を捧げましょう」
主——という言葉がキレト神を指すことくらいは、無学のヴェイルにも分かる。もし本当に彼女がキレト神と直接繋がりを持っているとすれば、圧倒的に格上の存在ということになるのだろうか。しかしルアハは冷静に言った。
「キレト様は今、天界を離れておられるそうよ。じゃなきゃ祝福として天使にその権能を分け与える必要なんてないし……それによって起こった争いを放置するはずがない、と私は信じているわ。だからきっと、彼女は勘違いしているだけね」
「では、主の声を……」
「——お待ちください。我々はまず、追跡者に提案をしに来たのです」
イェスタが声を上げる。セインウェンは語りと共に開いていた手をゆっくりと下ろして、腹の前で柔らかく合わせた。
「……ウルドは失敗したようだな」
「!」
突然、情緒豊かに鷹揚に喋っていたセインウェンが、低い声で平坦にそう声を発する。それは、ウルドとして冷たく軽蔑の言葉を放ったイェスタ……あるいは悪魔バティンを降ろしたヴェイルと似ていた。
「セインウェンでは話にならない。ボクが直接聞こう」
彼女はベールを外す。やはり、その両眼には紋様が浮かび上がっている。ヴェイルは息を呑んだ。彼女の表情は仮面のように動かない——イェスタはぴく、と眉を上げた。
「——君、もしかして『イシャナ』か? 『“天眼”レベルの同調だけですっかり人間を操る』……」
「ご名答だ、英雄クン」
「————」
イェスタの言葉に、ヴェイルは冷たい動悸を覚えた。
彼女はアネを殺した張本人であり——そして——あの時サルティを殺してイェスタを引き留め、五人の追跡者を操っていた天使と、同一の存在でもある。詠唱で罹患者とノーマを自死に追い込んだあの天使だ。警戒心が高まる。
「『予言』は彼のもとへ戻ったか。ウルドは過去をやり直せるあまりに現在に鈍感なところがある。こうなることは予測できただろうに——」
セインウェン、改めイシャナは、イェスタが自分で持った鞄を見た。そこにウルドの成れの果てである極光結晶が入っていることを見抜いているのだ。
「その結晶を絶光領域の外でしばらく置いておけば彼女は復活する。しかし、祝福持ちの天使がその状態まで追い込まれたのは初めてのことだ。何があった」
「……悪魔ではなく私が、彼から剥がして封印したわ。あなたと喋るのは初めてね、イシャナ……『統治』のイシャナ」
ルアハが名乗り出る。イシャナは彼女へと視線を移した。
「ヴィー……ヴェイルが呼び寄せたのはバティンという強力な悪魔で、ウルドが追い詰められた後、彼女がヴェイルに乗り移ることで無力化に至ったんだ」
「そうか。強力な悪魔の討伐に感謝しよう、『予言』のルアハ」
「……あなたは私を堕天使とは言わないの?」
「ウルドは若いから、この世の仕組みを知らなかった。知っていれば、堕天使と悪魔が違うこと、堕天使には様々な立場の者がいることを理解することができる。もちろん——貴様がボクの宿敵、オラジンの味方をするなら話は変わるが——」
「っ」
ぶわっと押し寄せる重たい波のような物凄い圧を感じて、全身の毛が逆立つ。ルアハはヴェイルの前に出て訴えた。
「……確かにあの時はわけもわからずオラジン様と一緒に行動していたけれど、私は天界の争いには加担しないわ!」
「そうか、その言葉が聞けてよかった。それで、英雄クン……提案とは何だ?」
随分理性的で「話のわかる」天使だ、と感じた。それはありがたくもあり、同時に不気味でもあった。
「……覚醒者を操っているなら他の誰よりも知っているだろうが、今の追跡者は罹患者を殺すことでしか恐光症に対処していない。だが、天使は恐光症を治療する手段を持っているはずだ」
イシャナは否定しない。
「恐光症が危険な現象であり、迅速な対応が求められることには同意する。しかし、今の追跡者の思想はあまりに極端だ!」
「英雄クン。物事は全て天秤にかけられている。ボクも、悪魔から人間を救うことに対して接近欲求がないわけではない」
「…………」
「だが同時に、この世界に力を注ぐことは、天界で手を緩めることを意味する」
「天使同士の争い——」
「そうだ」
「それが、世界中で生まれる罹患者の命よりも大事だと」
「そう言っている。それでも、ボクは最善を尽くしてきた」
イシャナはセインウェンのベールを手のひらの上で流し、窓の外を眺めながら続ける。




