第50話 導きの光が消えないように
「だ〜から、君が味音痴なんだって! 何でこれが甘く感じないんだ?」
「さっき食べた肉と同じ味がする。腹に溜まるのは分かるけど」
「バカ舌っ」
あ、言ったな、とヴェイルは思った。これで奴のルアハからの評価は落ちただろう。
イェスタはわざとらしく涙を流すフリをしながら、ヴェイルの分まで……とばかりに丁寧にタルトを食べ、それからすっかり外面に戻ると店の人間に何やら話しかけに行ってそのままスマートに会計を始めた。
ヴェイルはそっと右目を開いて、隣に座るルアハを見た。
「……気になってこっそり感覚を同調していたけど、あなたの味覚って多分本当に残念なのね」
そう困ったように微笑まれて、ヴェイルは強烈にショックを受けた。ヴェイルが正常な味覚を持たないことによって、ルアハは一つこの世界での娯楽を失っているのだ……。
「お肉とタルトは全然別物だって、私は分かったわよ」
「……そうか?」
「まず香りが全然違うわ。ヴェイル、味と香りを全然一緒に考えてないのよ。それから食感もね。お肉は柔らかいけど歯応えがあって、タルトのリンゴは……」
「————」
ルアハの繊細な食レポは滔々と続いた。ヴェイルはそれを聞きながら、さっきの食事を思い返してみた。確かに、そうだったような……気もする。
「ヴィー、行こう」
「……ああ」
味と香りと食感を同時に考える、か……。イェスタを追いながら想像していると、ふと、店の中と外で空気の味が違うような気がした。
スフェーンで初めてイェスタと一緒に街に出た時、その賑やかさに驚愕したものだが、ダロンは更にその上をいっている。記憶を取り戻した今のヴェイルには、それが懐かしかった。
しかしよくもまあ世界にはこんなにも人間がいるものだ。貧しく壁の薄い一部屋の家から、それを支配する貧民街、それを陰に持つ表の街、街は集まって市となり、県となり、国となる。そしてそんな国が、また何十と存在するというのだから……。
「よく迷わないな」
「案内しますって言われたんだが、場所を頭に入れて断ったんだ。この交渉の前にヴェイルと追跡者を同行させるのは気が引けたし、何より今は兄弟水入らず……兄弟? 兄弟じゃないな……」
「…………」
突然『過去の未来』と同じようなことを言われて、ヴェイルは鳥肌が立った。
「おい、『ちょっといいな』って顔するな。いいわけないだろ」
「まあ、飯代で雇ってるうちは使用人だな」
「おまえに雇われてたのか、僕は」
「はは。そう言ってテオバルトを説得したんだ。俺の世話と護衛、よろしくな」
「……はあ、最初っから拒否権ないだろそれ……」
イェスタは楽しそうに笑い声をあげる。
ダロンの追跡協会支部は、中心部からは少し離れたあたりに建っているようだ。段々と人通りが少なくなっていき、並ぶ建物の背丈が低くなっていく。
オカルトに縋っていた頃、追跡者のことは大体調べた。その存在感が薄いのは、なるべく追跡者という存在自体を一個の機構として捉えさせるためだ。「罹患者が出たら追跡者がやってきて、その命を終わらせる」。それはまるで機械仕掛けの神の手で、一般人はその運命を受け入れざるを得ない。構成員が貴族などの「選ばれし者」であることも、その認識に拍車をかける。
「ここだ。普通の建物みたいだけど、確かに言われてみると独特な空気感だな」
イェスタはそう言って、簡素な門の前に立った。独特さを感じるのは、潔癖な印象の白煉瓦とミスマッチな閉塞感や奥から聞こえる訓練中の音のせいだろう。「過去の未来」では、ザロント支部には侵入したが、その後ダロン支部に近づくことは避けていた。ヴェイルは敷地内を見渡して、その隣の建物のシンボルに目が止まる。
「……キレトリア教の教会が併設されてるのはきな臭い。実際キレト神と繋がりがある天使と悪魔に関わる仕事だっていう自覚がある人間が作ったんじゃないか」
「そう考えるとあの制服もそうだな。だとすると、やっぱり追跡協会自体が天使の思想を反映……いや、代弁したものかもしれない。ダロンの『覚醒者』、彼女は主の言葉を聞くことができる預言者といわれているそうだ」
守衛が寄ってきて、イェスタは温和な外面で挨拶し名乗る。だがその態度には、本来を知るヴェイルには感じ取れる少しの刺々しさがあった。
「——そう緊張するなイェスタ、おまえは正しいし、ここに護衛もいる」
そう小声で声をかけると、彼は少しきょとんとした後、ようやくいつもの顔で「頼もしいな!」と笑った。




