第48話 そして新しい未来へ
「よく覚えておきなさい。それが道を間違えたあんたの結末よ。堕天使と組んだ時点で——どれだけ理想を掲げようとも、あんたはそうなるしかないの」
「っ」
呆然としたまま固まっていたヴェイルがハッと意識を取り戻し、表情を隠すように俯いた。戻ってくる——のは今現在のこの瞬間にか、彼の「本来の世界線」の自我がか? 恐らくそのどちらでもあった。
「……ヴィー」
落ち着いて、顔を上げたヴェイルの目は、今までに見たことがないものだった。ルアハと離別しイェスタにも拒絶された悲しみ、孤独と自責に塗れた「今回」のヴェイルにはない、危うさと敵愾心。だがそれは一瞬燃えただけでふっと静かになって、彼は冷めた目でイェスタを見た。いや……じっと目を合わせていると、動かないその視線はイェスタの何かを見透かすようで、少し恐ろしくも感じた。
「ヴェイル……? 何か見たの?」
「ち……、『予言』には、見せられなかったみたいね。まあいいわ、……あんたの方が、ちゃんと、身の程を弁えてるから……」
「おい、ウルド?」
気付けばイェスタの中でウルドの気配が希薄になっていて、体の中に柔らかな風が吹いたような感覚を得た。
……コン、と何か重たいものが落ちて、少し傾いて倒れる音がした。
それは、菱形の白い結晶だった。ただの白というわけではなく、光の加減によって虹色に光っている。
ちょうど……太陽が隣の建物の上に顔を出し、教会の中に日光が差し込んだ。
「……彼女は力を使い果たしたのね。——ヴェイル、大丈夫?」
ルアハに訊ねられて、ヴェイルはちらと彼女を見た後、「……ああ、大丈夫だ」とやや遅れて答えた。彼はまだ、二つの現実の間にいるのかもしれなかった。
「——ここか! いたぞ!」
開けっぱなしの扉をくぐって、白い制服の追跡者が三人姿を現す。
ルアハは堕天使だといい、闇の力を使える。追跡者に見つかれば、ヴェイルは執行の対象になってしまうだろう。
逃げろ、と言う前に、イェスタはどうしても気になったことをルアハに訊いていた。
「……なあ、君たちの他の罹患者も悪魔の仕業なのか? 悪魔だけを倒せば恐光症は治るのか?」
「ええ、治るわ。悪魔と同次元の、つまり天使の力を借りれば。だけど……今の天使にその気はないみたい」
「どうして……」
「私には分からないわ。何か深い理由があるのかも」
ルアハは皮肉っぽく言って、結晶を見下ろした。イェスタはずっしりと重たく、しかし美しいそれを拾ってみた。
追跡者が攻撃を繰り出すが、ウルドとバティンの戦いと比べればお遊びのようなものだった。バティンの力を呑んだルアハは簡単に闇でそれを弾いて、ヴェイルに微笑みかける。
「ヴェイル、一緒に逃げましょう」
「……ああ、逃げる……か、それがいいな」
「ヴィー」
イェスタは慌てて、追跡者には聞こえないくらいの声量で、彼を最後に呼び止めた。
「俺たち、親友だからなっ!」
ヴェイルはルアハと共に走り出しながら、イェスタを振り返る。
「…………」
その複雑な笑顔は、「救えない」と切り捨てるにはあまりにも惜しい、繊細な光を宿していた。
バティンの絶光領域によって崩落した壁を抜けて、ヴェイルは去っていった。
追跡者はイェスタに駆け寄りながら、「何だあの罹患者は⁉︎」と驚愕の声を上げる。
「……聞いたことがある。特に強力な力を持つ罹患者は、夜は外に出て、絶光領域を日中に籠る拠点としてだけ使うんだと。本当に滅多にない話だけどな」
「ですけど、あいつは発症したばかりなんでしょ?」
「ああ、だからこの昼を越すための絶光領域を作るまで、絶対に見失っちゃあならねえぞ。クローチェ、追跡はしてるだろうな?」
「もちろん。そうだ、……あいつと最初に戦ってた『イェスタ様』って君のことかい? よく無事だったねえ」
「さっき遠くから、光輪が出てたのが見えた。彼はかなりの力を持つ……覚醒者、いやあるいは、それ以上の存在かもしれない」
「……ええ⁉︎」
覚醒者……。それは、天使の契約者ということだろうか?
それなら生憎、イェスタはもう覚醒者ではない。ルアハによってウルドはイェスタから剥がされて、この結晶の姿になった。
しかし、……恐光症を治すには天使の力が必要だ。
「それは協会に来てもらわないとね……」
「ああ、覚醒者には追跡者になってもらいたい。二年経てばスフェーンに戻ってくることもできる、マックスウェル家且つ覚醒者なら、政治家との両立にも誰も文句は言わないだろう。前向きに考えて頂きたい」
「…………」
イェスタは言葉を出す前に少し逡巡したが、自分では分かっていた。もう己の心が決まっていることを。
「——追跡者になるのは構いません。が……少し、条件があります」




