第44話 狩られる側
「……ねえ、本当に大丈夫かな? 時間はもうすぐだよね……」
その時、ノーマは、まだ少し納得していなさそうに言った。
飾り気のない防寒具を着込んだ少女は、癖のついた髪の細く長いことだけが少年期の彼女を少女だと判断する材料になっていた。三ヶ月しか経っていないのに、その顔つきは元々の臆病で甘えがちな印象をすっかり失っていた。
彼女はヴェイルのことを本気で信じていたし、相変わらず正義を掲げていた。
そして相変わらずルアハの予言は当たったし、罹患者の身内は金払いが良かった。全ては順調だった……今日と予言された強大な悪魔の襲来、その対策以外は。
「——確かに、イェスタの性格なら前もって来て僕たちを探してもよさそうなのにな」
「それは知らないけどさ……」
「ヴェイル君、そろそろ私は戻る。どうか無事で」
マグニスがそう言って離れる。その背中を、ノーマは複雑な表情で見送った。
追跡者に情報を共有しようと言い出したのはルアハで、賛成したのはマグニスだった。当然ノーマは大反対だった——それは彼女にとって敵に塩を送る行為であり、同時に彼女の力不足を示す判断でもあったからだ。
ヴェイルとて情報を渡したくはなかった。「予言」はルアハの力だ、他の人間に利用されるのは嫌だし、天使側の存在である追跡者に知られることも怖かった。しかしヴェイルには、彼女の正義を抑制することはできなかった。
「……イェスタ、僕は隠れてないぞ。いつ見つけに来るんだ」
この計画をヴェイルが受け入れた理由には、イェスタの存在が大きい。彼の感情は予言を使わずとも予測可能だ。実際、サルティの目覚めを見届けた彼らは、イェスタの主導でヴェイルとの再会を受け入れた。
だからきっと、イェスタはここに来るはずだ。厄災の未来を知ってあの男がじっとしていられるはずがない。
「ヴェイルさん、あたしたちだけでも準備しよう」
「……ああ」
「——待て」
その声は背後から聞こえた。ヴェイルは振り返って立ち止まった。
追跡者の制服を着た男が五人。歳はみな三、四十を回っているだろう。新人ではない——もちろんイェスタはいない。ヴェイルは怪訝に思いながら——手を前に出した。
「!」
夕焼けが始まった時刻の日の光の下、真白い光が迸り、ヴェイルの闇がそれを弾く。
「おい、何のつもりだ!」
「罹患者は——処罰する」
「ッ」
違う。こいつらは……予言じゃなくて、この日この時間にここにヴェイルがいることを目標に来たのだ!
「ノーマ、おまえは奴らの標的じゃない! 僕から離れろ!」
「ヴェイルさん、でも!」
言い合っている暇はない。ヴェイルは眼帯を外し、ノーマを構わずに走り出した。これからどうせこの先の学校に絶光領域が形成されるんだ——その闇に相乗りさせてもらおう。
イェスタがこの可能性を理解できないとも、した上で情報を上に流すとも考えにくい。いや、信頼し過ぎか? イェスタ・マックスウェルとヴェイルは——赤の他人じゃないか。
確かにイェスタは赤の他人にも優しいが、それは無実の人間に対しての話だ。ヴェイルはノーマからの賞賛を得る前の、己の自暴自棄な振る舞いを思い出した。ルアハはジョーディンを殺していないと言うが、ヴェイルは殺したつもりだった。それを見抜かれたのでは……。
「ヴェイル、今の戦闘で学校にいる子たちが怯えて逃げ始めてるわ。悪役を演じることになるけど……悪魔が来る前に、このまま避難させてあげましょう」
「了解」
ルアハに返事する声が低くなる。ルアハは常時、感覚の同調を最低限に留めている——この感情は彼女には知られない。
いつの間に自分が何かの正義を背負っていると錯覚していた? 否——その正義を背負う資格が自分にあると。
「…………」
こんな男はルアハの契約者には相応しくないんじゃないか? いや違う、それでも離さないと決めたんだ。だから……。
「うっ」
光の矢が腕を掠め、焼けるような痛みが走る。
「……ヴェイル! どうしたの? 動きが鈍いわ」
「ごめん、考え事を」
すぐにルアハがダメージを修復するが、その僅かなタイムロスは追跡者相手には命取りだ。
「“聖霊来たり給え”」
ヴェイルの放つ銃弾は、何に当たるかを瞬時にルアハが因果を辿って判断することができる。手順を逆にすれば当てたいものに当てることができるが、未来視の効率が悪いためこちらに落ち着いた。そして、着弾した時の作用はルアハによって設計されている。
「、?」
しかし引き金を引いても弾が発射されず、ヴェイルは久しぶりにリロードの動作をした。光や闇の武器は、絶光領域と同じようにイメージに影響される。ヴェイルはシリンダーの中に常に新しい銃弾を装填するように思い込みを強め、リロードの手間をなくしていたのだが——。
「違うの、ヴェイル……」
焦るヴェイルに、ルアハは悲痛な声で教えた。
「……撃っても意味がないのよ」
「ルアハ、それは——」




