第43話 救済は照らすこととは限らない
「せっかく私がその力を最大限有効に使ってあげようと思ったのに、ホントあんた達って救えないわ」
「…………」
「ウルド、お前に対しては俺からも言うことが山ほどある」
「イェスタ。あんたの声なんてずっと聞いてたからもう聞き飽きたわ。……はぁーあ、またやり直しか……」
「待って」
やり直し——「逆行」を仄めかすウルドを、ルアハが制止する。
「あなたは勘違いしてる。ヴェイルと私のこと、救えないって言うけれど」
「……何?」
「あなたには救えなくても——ヴェイルを救えるのは私で、私を救えるのはヴェイルなの。だから、もうこれ以上私たちに手出ししないで」
断言される言葉に、ヴェイルの瞳が切なげに煌めく。ヴェイルが、夢で会いたかった相手……それが彼女なのだと、イェスタは分かった。
あの日、元々ヴェイルの中で眠っていた彼女を、ウルドは無理やりイェスタの中に取り込んだ。ヴェイルはもういない彼女に会うために迷走して、ウルドの言葉に操られたのだ。
「私は天使と争いたくはないの。悪魔から人間を守りたい気持ちは同じだと思うから。だけど、道を誤るなら——」
ルアハはそう言って、すっとウルドとイェスタに向けて腕を伸ばした。
「私はあなたを退ける」
「……未来を視たの?」
「いいえ」
啖呵を切ったルアハの闇がぶわっと膨れ上がり、ウルドの光が炸裂する——それは互いの全力を賭した衝突だった。
視界がめちゃくちゃになる。ウルドは今度こそ瀕死だった。しかし、イェスタにダメージはない。
ウルドは汚れた翼をへたりとさせて、両手をついて座り込んだ状態でルアハを睨み上げた。
「……ッあんた達は何も分かってない! ハッ、堕天使が人を救うですって? それ自体が矛盾だって言ってんのよ。あんた達は二人まとめて泥沼に落ちていって、何も見えなくなっているだけなのよ」
「じゃあ、本当の救済って何? 最悪の運命を早めて押し付けて、その心を無視して、天使っていう所詮別世界の存在の理に都合がいいように動いてもらうこと?」
「なっ……」
天使に対する大いなる侮辱に、ウルドが顔を顰める。
「違うでしょう——最良の運命に進む道を探して示すこと、それが時の祝福を持つ者の宿命なんじゃないの?」
「……それはあんたが視野の狭い『未来』予知者だから言えることだわ。私は身をもって知ってるの、変えられない運命があるってこと。それを避けるには、最初から私の言う通りに動いてもらわないと。もちろん今回彼を犠牲にすることにしたのは天使として苦渋の判断だわ、でも」
「——違う世界線を辿ってきたあなたの記憶、中にいる間に少し見せてもらったけれど——」
ルアハはウルドの言葉を聞くに堪えないとばかりに遮った。
「あなたが救えないと思っている時も、私たちは幸せだったわ」
ぽた、と床に水滴が落ちた。再び溢れ出したヴェイルの涙だった。
「ヴェイルは必ず私の目を覚ましてくれるし、私は私を受け入れてくれた彼を守るの。もし堕天使にそんなことを感じる資格がないと言うなら、私は断固として批難する。この世界は少しずつ、だけどずっと悪魔に狙われているのに、あなたたちは天界で争いばかりしていた。それが天使だって言うなら、私は誇りを持って堕天使として生きる」
「…………」
「前回も今回も次回も、私たちの答えは変わらないでしょうね。でも、それでいいのよ、ウルド——天使や天使が好む感情は、必ずしもいつも正しいものじゃない。光と闇は本来日向と日陰のようなものであるべきだと、私は思うわ。人は迷っていい、闇につけ込まれるくらい落ち込んだっていいの。大事なのは、その人の心に夜明けが来ること」
ルアハはそう、真っ直ぐに愛の言葉を口にした。
ヴェイルは目を瞑っていた。瞼を閉ざしているにも関わらず、その眦からは涙が止まらなかった。
それはルアハが彼の元へと帰り彼を守ったということへの嬉しさであり、降魔の術に至るまでに彼がどれだけ傷ついたかということでもあった。
「……見ないでくれ、ルアハ。まさか君が許してくれるなんて思ってなかったから、髪だってセットしてないし……こんな……悪魔の術に手を染めて」
「——お揃いね」
「っ」
ルアハはそのたった一言で、いとも簡単に彼の全てを肯定してみせて、ヴェイルを捕まえるように手に手を添える。
二人はまるで本当に触れ合っているかのように、互いに手のひらを擦り合わせて指を絡めた。昔から繰り返した仕草のように。
ウルドは苛立ちで拳を戦慄かせて叫んだ。
「……その、お互いしか見えてないせっっっっまい視野——反吐が出るわ! ——もういい、過去を視せてあげる‼︎」
「!」
ウルドの光輪が輝き、ルアハが目を細める。
「『予言』、私があんたに隙を見せたのは一瞬だけだった。この数回、イェスタの十一年次と十二年次を繰り返す私の視点でしかものを見ていないから知らないでしょう。あんた達には破滅が待っている、そしてそれはあんた達が希望と呼んだものによって齎されたのよ。それ自体は因果応報だけど、『予言』の祝福の喪失はその後の私の運命が終わる伏線となった……だからあんたはそのために、私に使われるためにまだ生き永らえてるの。私の選択が正しかったと思い知るがいいわ」
「……破滅」
「——ヴェイル、そして『予言』のルアハ。あんた達が二人で永遠に溺れることができたとしても、世界はあんた達を放っておかないわ——過去、未来、異次元の存在、……そして、現在の小さな隣人が」
「くっ——」
視界が真白く包まれて、イェスタには何も見えなくなる。
ウルドの力によって、ヴェイルは過去の未来と同期する。




