第42話 約束とは運命を生みだすもの
——早く起きて未来を視なさいよ! 私が勝つ運命を! その因果を……‼︎
「じゃあ、交代してもらおうか!」
バティンが楽しげに言い、更に闇の火力を込める。
「っ……」
彼の手が離れた途端、イェスタは膝から崩れ落ちた。……ウルドの支配が解けた。
指一本動かすにも筋肉が強張る。イェスタは辛うじて首を動かして、にっこりと見下ろしてくるバティンを見上げた。
恐い——と思った。自分で対峙してようやく、これがもはやヴェイルでないことが理解できた。
「……ヴィー……、ごめん」
「ごめん、か。……イェスタ、それはちょっと都合が良すぎるんじゃないか?」
「ッ」
バティンはヴェイルの真似をして言って、その爪先でイェスタの胸を押して倒すと、心臓の辺りを踏みつけた。
「じゃあな」
——その時だった。
イェスタの体から何かがこぼれ落ちて、バティンが纏っていた炎の闇が、その足に絡まる植物の姿になった。
「……何だっ?」
それはあっという間にバティンの体を遡り、拘束する。
イェスタには——ヴェイルの隣に、白い少女が見えた。
彼女はその耳元で囁く。
——ただいま、ヴェイル。私を受け入れて。
「ッ……馬鹿な! 上書きだって——」
バティンすらも状況を理解できないまま、彼女の姿はヴェイルと重なった。ガクッ、とヴェイルの体から一瞬力が抜けて、それから、彼はゆっくり立ち直す。
絶光領域を形成していた闇が消えていく。
彼は右目を開けた。そこには、イェスタと同じ“天眼”の模様が入っていた。
「……る、あは?」
呆然と、ヴェイルは掠れた声で呟く。そしてボロボロのイェスタを見下ろして目を見開き、後ずさった。
「……ルアハ、違う、これは……。——。……いや……何も、違わないか」
「ヴェイル」
ヴェイルは俯いて、疲れたような深いため息と共に、静かに一筋の涙を流した。
彼はそれを乱雑に拭う。ルアハと呼ばれた少女は心配そうな表情でその手に触れたが、その指はヴェイルの腕を貫通した。これは“天眼”によって見えている幻なのだと、イェスタも理解が及んだ。
「……大丈夫、そばにいるから」
「——だめだルアハ、僕にそんな資格は」
「どうして? あなたはただ、私の無茶振りにどうにか応えようとしてくれただけじゃない」
「方法を間違えた」
「私はそうは思わない」
彼女は力をこめてはっきりとそう言った。ヴェイルは眩し過ぎるものを見るように目元を片手で覆うようにして、表情を隠す。
「……ルアハ、イェスタがこんな風になるまで僕は罪を犯したんだ、多分僕はもう罹患者として通報されてる。一緒にいたら君も……」
——イェスタ! 駄目……早く……早く『予言』を取り戻して! 早く!
「……私の力を手に入れるためにあなたを陥れた天使と、果たしてどちらが悪いんでしょうね」
彼女は怒っていた。透明な瞳がイェスタを——その瞳の中から見ているウルドを鋭く捉える。イェスタは軋む体をどうにか起こして、机に手をつきながらなんとか立ち上がった。
「ヴィー……、ヴィーだよな? 俺も、やっと……体が戻ってきたみたいだ、」
「イェスタ……?」
「ごめん、本当に……。信じられないかもしれないが、俺はずっと前から体の制御を奪われてて……。……君に、酷いことを」
「…………」
ヴェイルは少し困惑したようにイェスタを見た。心の中ではウルドが騒いでいたが、ヴェイルの体からバティンがいなくなった今、イェスタに戦う理由はなかった。
「……ヴェイル、よく聞いて、あなたも彼も何も悪くないわ。悪いのは、彼を操っていた——〈キレトの十指〉、『逆行』のウルドよ」
ルアハは事態をよく把握しているようだ。
「——うるさいわね堕天使。偉そうにしてんじゃないわよ」
ウルドはイェスタの体から幻として分離して、ルアハにそう言って噛み付いた。これは天使と宿主の精神が分離していることによって可能になるようだ。初めて見るウルドの姿は、クリムソンの髪を肩の上で切り揃えた少女だった。神性を感じさせるのは、その背中に生えた三対の翼だった。




