第41話 俺を英雄たらしめる正義
「——やっぱり。僕ならそうすると思ったんだ。そして、君はそれに最優先で対策するとも」
「っ……⁉︎」
しかし。いつの間にか至近距離にいたバティンは、全くエネルギー量が衰えていない闇の塊を手にウルドの顔を覗き込んだ。
「う、——ッ‼︎」
そんなことは体感したことがないのだが、例えるならまるで巨大な砲丸が全身に直撃したかのように、イェスタの肉体は強い衝撃と痛みに痺れ、ウルドの力が不安定に波打つ。
「グラウ!」
何もできないまま墜落するイェスタの耳に、バティンの声が聞こえる。まずい。動かないと……。
「よっと」
「ぐッ……、!」
闇を纏った足がイェスタの腹を鋭く蹴り飛ばす。イェスタは、バァン‼︎ という轟音と共に自分の体が壁に打ちつけられたのを理解した。だめだ……気絶するな。それだけは駄目だ。動け、動け、動け!
「……っうるさいわねえ、もう」
よろ、とウルドはイェスタの体に鞭を打って立ち上がる。骨が折れていてもおかしくないが、大丈夫なのか?
「大丈夫だから、ちょっと静かにして。この私が直接契約してるんだから当たり前でしょ?」
トットッ、と聞こえるのは、バティンの馬の足音だ。ここは教会の中で、早起きの修道女たちが悲鳴を上げながら慌てて避難していくのが視界の端に見える。彼は近くまで来ると馬から降りた。
神々しい教会の内装が闇に塗り上げられていく。バティンはこの光景をウルドに見せたかったのかもしれない。イェスタには、ウルドの耐え難い屈辱と怒りが伝わってきた。
「——僕は君に対して最も有効な攻撃を考えて、街を焼き尽くそうとした。そして君はその光景に絶望しつつ、その後に僕に隙ができることを覚えていた……そうだね?」
「…………」
「どういうカラクリかは知らないけど……君の祝福がそれなら、安心してよさそうだな」
「どうしてそう思うのかしら?」
「分かっていたところで勝てない相手ってのが、世の中にはいるもんさ」
ウルドにとってのそれが、自分だと。バティンは同情するような声音で言った。
「名前、何だったっけ。まあいいや、それじゃ、そろそろ終わりにしよう」
「ッ——」
だがウルドは諦めていなかった。
イェスタは、ヴェイルの姿をしたバティンがウルドにとどめを指す光景を見下ろしていた。
「……ん?」
バティンは違和感に首を傾げる。ウルドは背後で剣を握りしめ、呼吸を止めたまま振りかぶった。
「!」
さすがに光の気配は誤魔化せなかったようだが、直接手で受け止めさせることはできた。光と闇の力が拮抗し、視界が激しく明滅する。絶光領域の暗闇のせいで、力が乗り切らない……。
「う……ぁぁああ——ッ……!!」
「……光が強くなってる……これは、人間の方の意志か」
だが雄叫びを上げるウルドと涼しい顔のバティンでは、力の差は一目瞭然だった。こちらを死んだような目で見るヴェイルと目が合う。
「ッイェスタ!! 動揺するな!!」
「うん? ……もしかしてこの顔か」
ウルドを消耗させるためか一向にウルドを弾かないバティンは、闇越しにイェスタの剣をなぞるように手をずらしながら、一歩、二歩と距離を詰める。
バティンはヴェイルの顔でイェスタをじっと見つめた。眼帯を着けていない彼の右目には痛々しい傷跡がまだ残っている。彼は何かを思案するようにむっと唇を閉じた後、——にやっとヴェイルの表情で笑った。
「そうか、きみ、やけに弱いと思ったら……人間の自我を抑えつけて乗っ取ってるのか! はははは、天使サマにそれは無理さ!」
「っううう……!」
汗が頬を流れて落ちる。バティンは直後、フッと腕を払うようにした。
「がっ……」
イェスタの体は弾き飛ばされて教会の机にガンガンとぶつかり、それでも尚勢いを失わずに床を転がる。全身が痛い。……感覚が戻ってきている?
「イェスタ、お願いだから引っ込んでて! ……分かってるのよ、あんたが彼を大事に思ってることくらい……」
「————」
「だから私が引導を渡すのッ……! 私はここで勝つ……」
ウルドはもはや祈るようにそう言って起き上がったが、バティンがすぐに目の前に現れ、イェスタの首根っこを掴み上げた。光と闇が急所で拮抗し、もう悲鳴も上がらない。
——『予言』! いい加減足りたでしょう⁉︎
だがイェスタは、心の中でまだ諦めずに叫ぶウルドの声を聞いた。




