第39話 憧れていた剣
その日、夜明けの直後、また夜が訪れた。
薄明かりさえも遮られてシンと静かな外は、不吉な世界の終わりを想像させた。だがそうなっているのはまだこの邸宅とその周辺だけだと、ウルドは理解していた。彼女に余裕がないのか、イェスタは初めてその思考を覗き見ることができた。
ウルドは既に飛び起きて着替えを済ませていた。その準備の良さは、彼女がこの事態を完璧に予測していたことを示している。
「チッ……降魔をやってみろとは言ったけど、ここまでの大物を召喚するとはね。戻ってきちゃったじゃない!」
悪態を吐いて部屋を飛び出す。早朝既に活動し始めている使用人たちは、真っ黒い景色を映す窓を見て、明かりになるものを持ち寄ってざわざわ集まり始めていた。
「——みんな逃げろ! 俺が退路を確保する!」
「い、イェスタ様? 何が起きているんです?」
「いいから早く! 父上と母上を起こして外に出て、追跡者を呼べ!」
「ぱ、追跡者ですか? ということは、これは……」
「この家は既に絶光領域の中だ」
言うと、彼らは騒然として、しかし忠誠心から、考える前に寝室へ向かった。テオバルトとシェインが残り、イェスタに駆け寄ってくる。
「坊ちゃん、危険です。一緒に早く逃げましょう」
「いや、その必要はない」
ウルドの思考は、イェスタが一人でここに残りこの事態の元凶と対峙する未来を描いていた。追跡者はいずれ来てもらわなければ困るが、追跡者に庇われ先に倒されては困る……と。
「坊ちゃんの正義感が強いのは知っていますけど、こんな時まで何を言ってるんですか! 追跡者が来てくれるまで安全な場所で待ちましょう? プロに任せていればいいのです、こういうことは!」
イェスタはようやく、絶光領域ということはその元凶となった恐光症の罹患者がいるというところまで思い至った。そして、ウルドの思い描く未来という過去の中——その戦いの相手をよく見て、ドクっと心臓が強く脈打つ。
……ヴィー?
ウルドは説得が面倒になったのか、黙って手近にあった箒で窓をぶち割った。外に降り立つと、既に地面も闇に覆われているのが分かる。
「……この家の人間を食わないように自制しているのか。だがその自我も長くは保たない」
「坊ちゃん!」
「逃げろテオバルト。まあ、今から起こることを見れば、俺に任せるべきだってことが分かるだろう」
ウルドはそう宣言すると、ばっと右手を前に出し、ゆっくりと何かを掴むように指を折り曲げていった。——その中心へ、白い光——光が収束していく。
「父さんに伝えておいてくれ。俺はここで、剣を取ると!」
「えっ……⁉︎ 坊ちゃん、まさか……」
イェスタも驚いた。いや、これは……ウルドの力だ。
「違う、あんたは元々素質があるのよ、開花する条件が面倒なだけでね。私だってとっても立派な天使だけど、あんたと組んじゃあこの半分だけの添え物に過ぎないわ」
光の剣は豪奢な姿で顕現し、イェスタの頭上には光輪が形成される。それはまるで神話の中の光景だった。
ウルドはその剣を横に構え、ぐっと力を込める。
すると絶光領域にヒビが走って、いきなり背後から光が差すようになった。夜明けの太陽光。皆が逃げるための退路だ。
「早く逃げろ! ……。……ヴェイルは俺が連れて行くから、それ以外だ!」
ウルドはそう叫んで、万が一にも犠牲者が出ないよう、退路の維持のために力を込め続けた。イェスタにとってウルドは、この体を奪ってヴェイルを陥れた張本人であり悪でしかなかったが、今の彼女はまるで救世主のようだった。
とっても立派な天使。それがどういう意味なのか、冗談なのかは分からないが……ヴェイル以外に対しては、どうやら味方として振る舞えるようだ。
じゃあ、ヴィーは、どうして。
「救えないからよ。前も言ったでしょう」
……救えない? お前が追い詰めたんじゃないか!
「彼がいつ堕ちるかは誤差に過ぎないわ。だったら、あんたが英雄になるための舞台装置になってもらうの」
英雄⁉︎ そんなこといつ頼んだ! 大体ヴィーにあんな顔をさせて、何が英雄だ‼︎
「英雄は迷いなく進める強者でなくてはならないわ、イェスタ。同情の余地はないのよ」
そんなの間違ってる!
「さあ、一緒に戦いましょう。かかってきなさい、ヴェイル、そして悪魔バティン!」




