第3話 運命の輪廻は断つことができる
「——なあ、恐光症を治す仕事って何?」
その日は、瀕死の彼を医者に診せた夏から秋と冬が過ぎ、すっかり春になった麗かな日だった。治りきらなかった大きな傷跡を眼帯で隠した黒髪の少年は、これまで出会った他の誰とも違う、どこか浮世離れした存在に見える。彼はこのマックスウェル家の庭のガセボが大のお気に入りで、猫のようにここで眠ったり、こうして柵に腰掛けてイェスタを迎えたりしていた。
ヴェイル、彼はマックスウェル家の使用人見習い、そしてイェスタにとって初めての気の置けない大親友である。毎日イェスタと同じ量の食事を完食し、剣を打ち合って遊ぶ彼は、この一年弱ですっかり逞しい男になった。
「君、恐光症に興味があるのか?」
イェスタはその言葉が彼の口から出てきたことに驚いた。恐光症は、年々発症者が増えてきてはいるというが、珍しい病気であることに違いはない。普通に暮らしていてその影響を受けることは稀で、関わったことがない中には信じていないとかいう人もいるだろう。
ヴェイルは幼少期から劣悪な環境で育ち、その後はマックスウェル家で基礎的な教育を受けているだけだ。恐光症のことを知る機会はなかったはず。するとつまり考えられるのは、イェスタと出会う前に恐光症の影響に巻き込まれたことがあるということだ。
「恐光症は治せないらしいけど、対処する人たちは追跡者だな」
「追跡者?」
「罹患者が作る絶光領域に入っていって、罹患者を斬る人たちだ。彼らのおかげで、俺たちは恐光症とあまり関わらずに生きていられる」
「罹患者をって……人間を斬るのか?」
「そう。——追跡者は英雄じゃない……、“執行人”だ」
そう言ってヴェイルの表情を窺うと、彼は不可解そうに顔を顰めていた。……仮にも病気の名のついているものを、罹患者を殺すことでしか対処できない。そのどうしようもない構造が、恐光症並びに追跡者のことが公に語られにくい要因だとイェスタは思う。
「じゃあ、追跡者になりたかったらどうすればいい」
「——君、今の話を聞いてたのか?」
イェスタは思わず声を大にした。
「追跡者になりたいのか?」
「ああ」
「どうして急に」
「急に、じゃないさ」
急にじゃない。イェスタは暫し沈黙して、その言葉の意味を理解した。
——ヴェイルは最初から、イェスタとの遊びに木剣を持ち出してきた。それは彼が強くなろうという意志を持っていたから、だとしたら。戦いが落ち着き、騎士という文化も廃れたこの時代、個人が武力を鍛える理由はそれほど多くはない。
つまり彼は、イェスタと出会う以前に恐光症の被害を受けているのではないか。だからこそあんな生活を。そして——復讐を望んでいる。
「——……」
「イェスタ、どうなんだ?」
追跡者は危険な職業で、殉職者も少なくないと聞く。正直心配だった。このようやく肌艶の良くなった少年が、また闇の世界へと突き進もうとしていることが信じられなかった。
だが、ヴェイルの瞳にどっしりとした不安が浮かび上がっているのを見て、イェスタはハッとした。それは、マックスウェル家に迎え入れられてからも彼が時折滲ませていた暗さの核心だった。彼はずっとこのことを考えていたのだ。
その手で罹患者を手にかけてでも、恐光症の被害者を増やさないということを。
ここで進めなければ、彼は永遠にその暗中で……。
イェスタは自分が恥ずかしくなった。追跡者は後ろめたい職業じゃない。かつてのヴェイルのような子を増やさないための、正義なのだ。
「……噂によれば、追跡者の資格を得るには、それなりの身分が必要らしい」
「身分だって?」
「心配するな——俺を誰だと思ってる。ヴィーも受けられるように、父さんに俺からも頼んでやる。本気なんだろ?」
「ああ……」
「そしたら、君は本当に俺の弟になるかもな! ははっ、楽しみだ」
——父は帯剣貴族であることをやめ、政治に関わることを貴族としての誉れとしている。
イェスタはこの時、立派な父の姿に抱いていた一抹の違和感の正体を知った。「騎士は本当に不必要になったのか?」——相手が変わっただけで、今もなお民を守るために戦っている人たちがいる。それに名乗りを上げることは、マックスウェル家の人間として真っ先にとるべき行動ではないか、と。
だからヴェイルと一緒に頭を下げにいった時、イェスタは自分も自らの意志で追跡者の資格を取ると宣言した。ヴェイルは驚いていたが、父はイェスタの気持ちを察していたのか、何も言わなかった。




