第2話 身の丈に合った運命
「——二十三名ですか。年々増えてきましたね、よいことです」
と、聖女のような威厳のある女が言う。彼女は志望生たちの前に出ると一礼した。すると急に列をなす志望生たちがビシッと姿勢を正したので、ヴェイルは驚いて遅れてそれを真似する。
「みなさん、追跡者を志していただきありがとうございます。私はザロント支部職員のトスト、よろしくお願いします」
トストはブロンドの髪をしていたが、色が濃く比較的暗い印象で、ルアハとは随分違っていた。貧民街から出てしばらく経つが、ルアハのように美しい女性には会ったことがない。
「光の力は誰しもが持っていますが、発現させ有効に扱うには強い意志と訓練が必要です。本日は皆さんに、その初めの一歩を踏み出していただきます」
そう言って、彼女はもう一人の職員が両手で持つ道具にかかっていた布を引いた。そこに用意されていたのは、手のひら大の白い結晶だった。ただ白い——というのは語弊がある。それはあくまで透明だが、白い光沢を持ち、その部分がたまに虹色に光っていた。
「これは絶光領域内にごく稀に生成される『極光結晶』です。凝縮された光の塊と考えられており、これに触れることで、みなさんは光の力を呼び覚ますきっかけを得ることができるでしょう。今回は現職の追跡者の方に同席いただいておりますので、力が暴走したとしても安全です。咎められることもありません」
そう言ってトストが指したのは、たった一人の女だった。
追跡者の特徴といえば、まずはその白い制服だ。軍服の雰囲気のまままるで聖職者のようなローブの要素を取り入れたもので、何やら近寄り難さを感じる。高い背丈でそれを身に纏った彼女は、暗い赤色の長髪を一つに縛っており、腕を組んで志望生たちを見下ろしていた。
なんておっかない雰囲気の女だ、と思っていると——バチっ、と目が合う。ヴェイルはすぐに視線を逸らしたが、しかし、彼女はずっとヴェイルを見ていた。……学生になれない身分で追跡者を目指すのがそんなに珍しいか。
「さて、では、そちらの方から順番にどうぞ。みなさんに主のご加護のあらんことを」
「はっ! ハイスベルト校十二年、セダン・ウォルコットであります!」
げえ、そんなの言わなきゃいけないのか、と内心げんなりしながら、ヴェイルは儀の進行を見守った。
セダン・ウォルコットが極光結晶に触れると、すぐさま彼の手の中で何かが白い輝きを放った。その光はやがて細い形に収束し、長剣を模っていく。完全に剣の姿になっても柄の中央や剣身の中心で発光する光が、その剣が闇を斬るためのものだと示していた。
非現実的で、神秘的な光景だった。あれを発現すればルアハに近づけるような気がした。他の志望生に興味はなかったので、残りの待機時間、ヴェイルはぼんやりとルアハと過ごした日々のことを思い返した。
ルアハはヴェイルが悪魔を捕らえてくるのを待つ間、毎晩あらゆる遊びをしてくれた。ヴェイルが辛うじて知っているゲームのルールを教えることもあれば、ルアハが教えてくれることもあった。ルアハは草笛や編み物が上手くて、複雑なゲームは弱かった……考えたことをすぐに敵であるヴェイルに相談してしまうのだ。
それぞれの生徒が見せる光の強さには大きな落差があったものの、儀式は順調に進行していった。しかし期待ほどの結果が出ていないのか、トストは若干面白くなさそうな顔をしている。
「ハイスベルト校十二年、イェスタ・マックスウェルです」
そして二十二人目、いよいよヴェイルの前、イェスタの番が来た。
イェスタは落ち着いた様子で前に出ると、一度深く息を吸って吐いて、それから極光結晶へと手を伸ばした。ヴェイルに影響されたように追跡者を目指し始めた命知らずのバカ。しかし命知らずと断じるには、横顔はあまりにも真剣にまっすぐ極光結晶を、そしてその先の未来を見据えていた。
その指先が触れる直前、チカッ——と、鋭い光が閃く。
「……うっ⁉︎」
次の瞬間、辺りは白く塗り潰される。いくつか短い悲鳴が上がった。
「眩しっ⁉︎」
「——、これは……」
トストが絶句する。
——それは、まるで英雄の誕生の一幕だった。
イェスタは光の制御を失ってはいなかった。大きな質量は厚い剣身を成していく。イェスタは自然と柄に両手を伸ばし、その剣を地面に突き立てた。その衝撃か何なのか、拡散していた光は帯のようになって本流へと合流していく。
彼の銀の髪が、碧の瞳が光の輝きを反射してギラギラと煌めいていた。やがて形の確定した大剣から、彼は大きく息を吐いて手を離した。圧倒的な光の力が霧散するように消えたが、その鮮烈さはこの場にいる全員の記憶に刻みつけられた。
「……よし。次は君の番だな、ヴィー」
そう言って振り返った彼は、動揺も歓喜もしていなかった。
騎士の末裔、イェスタ・マックスウェル。彼の得た力の重さは、彼の負う責務の重さである。
「…………」
ヴェイルは何も言わず、イェスタとすれ違って前に出た。
ヴェイルは追跡者として望まれるような身分ではないし、崇高な志があるわけでもない。極光結晶を前にして、ルアハの瞳みたいだ——と思った。彼女の美しさと並び立つものを見つけたのは初めてだった。ヴェイルがここに手を翳す理由はそれだけでよかった。
硬い結晶に、繊細なガラス細工に触れるように指先を触れさせる。
「——ッ」
——一瞬、“永遠の春”を幻視した。
「…………」
ルアハ! と叫ぶ間もなかった。そこに彼女はいなかった。
「……? あら、おかしいですね」
トストが首を傾げる。ヴェイルは我に返って指先に焦点を合わせた。
——布の中に沈んだ極光結晶。それが、光を失って砕けていた。
「極光結晶がこんなに早く割れるなんて」
イェスタの圧倒的な光にさざ波だっていた空気が重くなった。極光結晶が砕ける姿は、見る者に何か不吉な予感を与えた。
「……これはそう狙って手に入るものではありません。残念ですが、あなたには別地域で行われる次の選定の儀の参加資格を——」
「——いいや、その必要はない」
割り込んできたのは、先程の追跡者の女だった。近くで見るとヴェイルよりも背が高く、余裕の表情が僅かに微笑を湛えているように見えた。その視線がまた、ヴェイルを突き刺すように捉える。
「彼の指は確かに割れる前の極光結晶に触れていた。そして、割れたばかりの極光結晶は、まだ光の発現を誘導する機能を失っていないはず——。選定の儀は果たされたと言える」
「……それも、そうですね」
ヴェイルは立ち尽くした。抗議の声を上げたのはヴェイルではなくイェスタだった。
「待ってください! 本当に極光結晶が機能を果たせていれば、光が全く発現されないということはないはずでは?」
「いいや、あるぞ」追跡者の女はゆっくりと、残酷な現実を告げた。「——本当に才能がない場合にな」
「ッそれでも納得できません! 選定の儀は公平であるべきです。せめてトストさんが仰ったように、次の選定の儀への参加資格を彼に」
「……。イェスタ、もういい」
この手が極光結晶にしっかりと触れたことは、ヴェイル自身が一番よく分かっていた。
「ヴィー? なんで」
「目が醒めた気分だ。先に帰る。じゃあな」
ヴェイルはトストに背を向けて、イェスタに案内された道のりを戻るため歩き始めた。「元々場違いだったんだよお前は」という視線が背中に突き刺さっているのを感じる。
追跡者はなり手の意志を重んじる。その理念を無視して私欲のために手を伸ばしたのが、神とやらに見透かされていたのかもしれない。これまでも、そいつはいつだってヴェイルに厳しかった。
苛立ちを隠さずにズカズカと歩けば、すれ違った生徒たちがヴェイルを睨んだり避けて通ったりした。イェスタと二人で歩いていた時とは酷い違いだ。
帰り際、左側に行きと同じ庭園が見えて、ヴェイルは一度立ち止まった。名門私立校だけあって丁寧に手入れされている。しかし、もうどこに“永遠の春”の面影を感じたのかもはや分からなかった。
彼女は幻だ、どこにもいない。
……ヴェイルにとって憂鬱なのは、これから寒い季節に向かっていくということだ。




