第34話 覚めない悪夢
「なあイェスタ、教えてくれ。——恐光症に罹患するとどうなるんだ?」
その日は、瀕死の彼を医者に診せた夏から秋と冬が過ぎ、すっかり春になった麗かな日だった。時間が経って治っていくかと思いきや、彼の内向的な性格には拍車がかかっていた……それはイェスタに対しても例外ではない。だが今日は珍しく、居間でくつろぐイェスタに彼の方から話しかけてきた。
彼は使用人として、不器用なところも非常識なところもあるが真面目だと専らの評判だ。体格は健康的になり、イェスタが誘って続けている木剣での打ち合いでは油断ならない相手にまでなってきた。しかし彼の表情はいつも乏しく、むしろ暗く淀んでおり、そして彼はその理由を話そうとはしなかった。
イェスタは直感した。今、それがようやく発露しているのだと。
「君、恐光症に興味があるのか?」
イェスタはその言葉が彼の口から出てきたことに驚いたが、彼は不愉快そうに片眉を上げた。小さく「とぼけるな」と呟かれるが、何のことだか分からない。
恐光症は、年々発症者が増えてきてはいるがかなり珍しい病気であることに違いはない。普通に暮らしていてその影響を受けることは稀で、関わったことがない中には信じていないとかいう人もいるだろう。
ヴェイルは幼少期から劣悪な環境で育ち、その後はマックスウェル家で基礎的な教育を受けているだけだ。恐光症のことを知る機会はなかったはず。するとつまり考えられるのは、イェスタと出会う前に恐光症の影響に巻き込まれたことがあるということだ。
「君は……もしかして被害に遭ったことがあるのか?」
「いや。……」
「追跡者は罹患者を殺すことでしか恐光症を対処できないらしいし、恐光症にかかるとどうなるかっていうと……まあ、取り返しがつかないんじゃないか」
そう言ってヴェイルの表情を窺うと、彼はじっと考え込んでいた。……仮にも病気の名のついているものを、罹患者を殺すことでしか対処できない。そのどうしようもない構造が、恐光症並びに追跡者のことが公に語られにくい要因だとイェスタは思う。
「——もし単に恐光症になったら、殺されるしかないのか? おまえが言いたかったのは違うことなのか?」
……ヴェイルは何を言ってるんだ?
理解が追いつかない。ヴェイルはイェスタに対して何か憤慨しているようだったが。
「落ち着けよヴェイル、君がやろうとしていることは間違ってない」
何がだ?
「……そう答えられるってことは、やっぱりおまえ、全部知ってるんだな——」
何を。
「その詳しい方法までは、君が自分で調べるしかないが。俺が触れたら台無しにしちゃうからな」
「十分だ。教えてくれ、本当に成功するのか?」
「彼女にもう一目会いたいんだろ? 必ず成功する。もし何かあっても、追跡者より先に俺が行くからな」
「……ありがとう」
初めて、物を拾ってあげたとか以外でありがとうって言われた。
「イェスタ、おまえはその力で……追跡者にでもなるのか? 来年度が終わったら、おまえも職に就くことになるんだろ?」
「そのつもりだが、父さんが許さないだろうな。——でも大丈夫、すぐにみんな認めざるを得なくなる」
分かった、これは制御できない夢の中なんだ。
じゃなきゃ自分が理解していないまま会話がこんなに順調に進むわけがないし、こんなことを言うわけがない。追跡者になろうなんて考えたこと、一度もない。
ヴェイルはほっとしたように肩の力を抜いて、目を伏せた。春風がその髪を揺らす。
「君が怪しまれないように、俺もカモフラージュは手伝おう」
「おまえのことは頼るとしても、マックスウェル家に迷惑はかけられない……いい場所を知らないか?」
「なるべく俺に近い場所にしてくれ、庭はどうだ? 気に入ってるだろ。巻き添えが出る前に俺が駆けつけるから」
「それは、……隠し通せないんじゃないのか。その後に伯爵たちに顔向けできない」
「ふむ、……」
イェスタの心は凪いでいた。よく分からないが、少なくともヴェイルのその不安は考えるに足りないことだと思った。何故なら、マックスウェル家は既にイェスタのわがままを聞いてヴェイルを受け入れていて——。
「——君、その身を自ら堕として、その後元通りに生きられると思ってるのか?」




