第33話 親友に隠し事はできない
ヴェイルは家で勉強をしてはいるが、学校には通っていない。同級生になれたりしたら最高だと思うが、ハイスベルト校はもちろん許さないだろうし、悲しいかなヴェイル本人もなりたくなさそうだった。学校自体に苦手意識があるのか、送迎も嫌がって来てくれない。
だが、今日はそんな仕方のない親友も堂々と招待できる行事だ。年末も近いこの頃、街はこの豊かな世界を創造したキレト神に感謝し、自らも主に倣って隣人と贈り物をし合うという風習がある聖寵感謝祭のために賑わいだす。学校で行われるのはもはや、それにかこつけた一種のパーティだ。
ハイスベルト校の聖寵感謝祭は開かれており、学生の身分でなくても参加することができる。普段人の多い場所を嫌うヴェイルではあるが、この一日くらいは付き合ってくれるんじゃないだろうか、と親友として期待する。
昨日も、嫌そうな顔はしていたが行かないとは言われていない。だが最近……彼はなんだか元気がないようだ。
「ヴィー? まだ支度できてないか?」
扉を叩くが、返事がない。
「……入るぞー」
無遠慮に押し入る。ヴェイルの部屋は私物が少ないが、いつも違う本が積み重なっている。偉いよな、とイェスタは思う。
明かりがついていない。イェスタは部屋の隅にヴェイルを見つけた。ベッドの端で壁に凭れて、膝を抱えて座って顔を埋めている。
「えっ、どうしたんだ?」
「? ……イェスタ? おはよう」
「おはようって、その姿勢で寝てたのか? ベッドにはもう慣れたんじゃなかったのか?」
イェスタが呆れて言うと、ヴェイルは寝起きの不機嫌そうな顔で姿勢を解く。ぐ、と首の後ろで腕を伸ばすとバキバキッとえげつない骨の音がした。心配になる。
「寝付きが悪かったんだ。どうにか寝れないか試行錯誤してたらああなった」
「だからってなあ。……というか、そうだ、今日は聖寵祭だって言っただろ? 俺は準備があるから先に行くが、君にも来て欲しいんだ。テオバルトがまた呼びに来るからな」
「……行って何をすればいいのか分からないんだけど」
「楽しめばいい! 店を回るのもいいし、あちこちでショーなんかもやってる。午後は学校の外も行ってみよう。ちゃんと俺が迎えに行って案内するぜ?」
ヴェイルは同い年だしクールで格好いいから女の子たちに絡まれるかもしれなかったが、それを言うと嫌がるだろうから言わなかった。——これは親友の勘だが、ヴェイルの好みは清楚系である。それも超高純度の。
「ならいいけど」
ヴェイルがベッドを降りると、ふと、イェスタは枕元に折り畳まれた紙が落ちているのを見つけた。よく分からないまま終わった「見たい夢」のくだりを思い出す——あの時の本に書かれていたのは、ざっくり言えば「何かを書いた紙を枕の下に挟み込む」というものだったはずだ。
見たい夢の内容が書いてあるとしたら、プライベートに踏み込んでしまうことになる。拾ったそれを反射的に開いて、中が目に入ってからそう後悔した。
「……?」
だが、紙に何と書かれているのかは見ても分からなかった。文字が読めない。それはヴェイルの字が汚いとかそういう問題ではなくて、単純にイェスタの知らない文字だった。ヴェイルの出身は言語が変わるほど遠くだったか……? いや、そもそもどの地域のものかも見当がつかないのは妙じゃないか?
何故だろう、この文字を見ていると胸の奥が不穏にザワザワするのは。まるで骸骨や幽霊の不気味な絵画を見た時のような不快感だ。
「イェスタ、今日はその後……、——」
着替え終わったヴェイルが振り返って、その直後、イェスタの手の中から物凄い勢いで紙が抜き取られる。イェスタがぽかんとして見ると、彼は血相を変えて紙を握り潰していた。
「——ヴィー? ご、ごめん。見られたくないものだったか?」
「……いや」
ヴェイルは手と表情を緩めると、急に興醒めしたように雑に紙を屑籠に放り入れた。
「そう、聖寵祭は贈り物をし合う日なんだろ? テオバルトに言われた」
やや強引に話題が移る。
「もう出るんだろ。帰ってからの方がいいか」
「……え! 用意してくれてるのか? 嬉しいな——」
だがその内容に、イェスタは些細なことなど全て忘れてしまった。
「そうだな、帰ってからにしよう。ごめん俺、用意してないから……ヴィーの分は午後に買うな!」
「分かった」
なんだ、案外乗り気じゃないか!
イェスタは思わず破顔した。イェスタにとって、聖寵感謝祭は疲れるイベントだった——マックスウェル伯爵家の立場もあるし、イェスタは比較的広く浅く生徒と関わっている自覚がある。すると、イェスタと交換したいと言ってくれる生徒がかなり多くなるのである。イェスタはそのことを初等部の頃に学び、それから毎年、予めお返し用にささやかな菓子などを大量に用意することにしていた。お詫びに、交換する時にはちゃんと個別の言葉で感謝を伝えるようにしている。
イェスタ・マックスウェルのそのスタンスは周知されていて、特に親しい友人や先輩もその軽さに合わせてくれる。ありがたいが——ありがたいが、はっきり言って楽しくない。
だがヴェイルはそれを知らないし、細かいことを気にしなくていい身内だ。
「じゃ、また後で!」
鼻歌でも歌ってしまいそうな気分で、イェスタは部屋の扉に手をかけた。だが、ぴたりと動きが止まる。普通にそのまま学校に向かおうとしていたイェスタは、動かない足に違和感を覚えた。
「——そうだ、諦めの悪い君に一つアドバイスなんだが」
「え?」
アドバイス?
「————」
その時に自分が何を言ったか、イェスタは分からなかった。
何事もなかったかのように、イェスタは廊下へ出た。そう、元々そうしようと思っていたのだ。だが……行動のリズムを崩されたような不快感が、体に付き纏っていた。




