第31話 標的に照準を合わせる
「……まだ浮かない顔ね」
ヴェイルとノーマだけでは対処できない厄災の未来が視えたのは、半月ほど前のことだった。
講じられる対策は少なかった。その予言の内容を追跡者に教えてしまうという方法について……当然、ヴェイルとルアハは十分に対立し言い争った。ヴェイルはルアハの安全を、ルアハはそうすることで救える数々の命を天秤にかけた——だがルアハに負い目があるヴェイルが押し切られるのは、最初から時間の問題だったのかもしれない。
ヴェイルの負い目というのは、以前“永遠の春”でルアハを騙していたことであり、今も尚彼女に相応しい契約者だとは言い難いことだ。ヴェイルはまだ、彼女が望む行動を迷いなく取れるほど世界に対して優しくはなれない。消極的な態度は彼女を失望させるだけだ……と分かっていたが、現実で彼女の目を誤魔化すことはできないようだ。
結局、ヴェイルとルアハは綱渡りをすることになった。それも協会に手紙や電信など間接的な方法で情報を入れるのではなく、追跡者と直接顔を合わせるという方法をとって。
「不安な気持ちは一緒よ。でも、新人でも彼が一番信頼できると判断してくれたのはあなたでしょ?」
「…………」
ルアハは微笑んでそう言う。ヴェイルは嘆息した。
ルアハは因果を辿ることができるが、イェスタ・マックスウェルのことは因果よりもヴェイルの方が知っている。奴は追跡者になったが、罹患者の治療という餌を吊り下げれば必ずかかってくるだろう——彼は一見従順に見えて、状況を覆す機会を虎視眈々と狙っているのだ。騎士に憧れつつ父へ従順に生き、いきなり追跡者の道へ舵を切ったように。
しかし不安になってしまうのは、やはりサルティがヴェイルを敵視している点だろうか……。いいや、きっと大丈夫だ。そのためにサルティを一度眠らせたんじゃないか。
「ルアハ……未来がどう変わったか視えるか?」
「まだ不確定の要素が多いみたい。結果の種類は膨大な数があって、一つを確認したところで意味はないわ」
「いいようになるって信じるしかないのか」
ノーマは早速目を覚ました罹患者を支援し、追跡者の悪口を言いながら来る戦いに備えているところだろう。ヴェイルも良い因果を辿れるよう努力しなければならない。
「……だけど、やっぱり何か引っかかる。イェスタを信じたのはまずかったかもな、あいつだって変わってるかもしれない」
「少しの変化も加味してこのやり方を考えたんでしょう?」
「それはそうだけど」
「大丈夫よヴェイル、きっと上手くいくわ。明日も、来月も、来年も——」
ルアハはそう言って、ふと、黙った。ヴェイルは立ち止まる。
「ルアハ?」
やはり嫌な予感がする。
「——何? ……明日が……視えない」
そう、彼女は息を呑んで声を揺らした。
それが何を意味するのか、ヴェイルには大いなる絶望としか理解することができなかった。
「未来が——真っ暗だわ。何もない」
その時、ヴェイルは彼女の、「最後の日」の予言を思い出した。
何の変哲もない一日だった。あなたはただいつも通り私と話しながら、一人で昼の世界を歩いていた。
天使が殺しに来るのよ。
「————」
「——ハァイ、待たせちゃったな。『予言』ちゃん」
——十二月の厄災なんて考えてる場合じゃない。
ヴェイルは心臓が痛むのを感じた。その軽薄な口調には限りなく違和感があったが、それは間違いなく聞き馴染んだイェスタ・マックスウェルの声だった。自信があり……芯のある、よく通る声だ。
「……イェスタ?」
それはイェスタであり——イェスタではなかった。しかしそいつは笑って「そうだよ」と言ってみせた。そして顎に手を当てて、何か考え込むような仕草をする。
「ふむ……出会うのはもっと前、か」
「ヴェイル——逃げて」
ルアハが言う。ヴェイルは即座にそれに応え、踵を返して走り出した。
「おっと……何も戦おうって話じゃない」
しかし突如目の前にイェスタが現れて、そう呆れたように言う。
「⁉︎」
「さあ、救いに来たよ」
「っ」
彼の指先が……トン、とヴェイルの胸に触れた。途端、時が止まったような感覚を覚える。
「——全ての因縁よ。私にその身を委ねなさい」
否、実際に時が止まったのだ。
……そうして、未来は終わってしまった……。




