第29話 ……二手目、その時のために
「…………」
イェスタたちが最後の部屋に着いた時、罹患者は既に力を使い切って頽れていた。それでも、とどめを刺すまでが追跡者の仕事だ。
追跡者は罹患者の闇を討ち払うと同時に、罹患者の命をも破壊してしまう。イェスタはこの局面になっても平静を保つことができたが、コルトン達はまだ慣れないのか魚の骨が歯に引っかかったような顔をしていた。
サルティはそれを横目でちらと見て、鋭い目つきのままこぼす。
「……新人諸君、キミ等は本当に不運だ。本来は、もう十ほどの難・易の依頼をこなし、追跡者の信念が体に馴染む頃なのだが」
彼女が言っているのは、ザロント支部管轄下で起きている異様な恐光症発症率低下現象のことだ。
ダロンでの事件、そして〈マグニスの絶光領域〉攻略完了——二つの不可解な出来事は県の追跡者の神経を尖らせたが、それから一ヶ月半ほど経った現在、状況は何一つ明らかにならないまま、想像とは真逆の方向にある。恐光症発症の通報がほとんどゼロになったのだ。
それだけ聞くと、いいことにも思えるかもしれない。だが追跡者がとったアクションは何もなく、この異常が起きているのはザロント支部の管轄内に限られる——となると、これまた何か外部からの作為的なものを感じざるを得ないのだった。
「本来、ザロント支部の管轄内では一ヶ月に少なくとも十件前後の通報がある。にも関わらず、あれからあったのはこの一件だけだ。それもダロン支部と管轄が曖昧な地域で、ダロン支部の仕事量を考えてこちらに回された……。いや、安易に『あれから』などと関連づけて考えるつもりはないが……」
「——。……一連の犯人……いや、攻略者と言うべきでしょうか」
協会内で好まれない仮定をはっきりと口にするイェスタに、サルティが咎めるような視線を向ける。
「マックスウェル君」
「光の力は誰にでも扱える。全くあり得ない話ではないと思います。しかし公的に追跡者になるにはある程度の立場が必要……その条件を満たしていない平民、ではないでしょうか」
「はあ……だとして、その活動範囲がザロント支部管轄下全域にわたり、さらに罹患者の情報を我々よりも先に得、確実に速やかに攻略していることはどう説明するのだね?」
「それは……人為的な現象だという仮定をする時点で付き纏う疑問ですね。私はまだ追跡者になって日が浅く、どのような例外が起こり得るかについて想像が及ばないところがあります。しかし平民の中にも追跡者を志す者がいるという点については、私は経験で語ることができますから……少し、その可能性を考えてみたいと思ってしまうんです」
イェスタは言いながら、「もう一度挑戦できるとしても、僕は追跡者にはならない」と断言したヴェイルの姿を思い出した。
彼は彼で生きることにしたようだが、それでも、彼を置き去りに追跡者になったイェスタは二人分の頑張りをするつもりで追跡者への道を進んだ。しかしそれでは、ヴェイル以外の追跡者を志望する平民の存在はまだ無視していることになる。
父はヴェイルを特別扱いすることを問題視していた。イェスタはこう返した——一人救った経験がなくて、どうして次の人が救えますかと。私と彼が親友であることが気に食わないのかもしれませんが、私は彼と友人になれたことを誇らしく思います。父上と同じように政治家になったとしたら、彼を将来も側に置いておくつもりです。彼を目にして、出会った頃の彼の姿を思い出せば、私はいつでも己の信念に立ち返るでしょう、と。
そして今のイェスタは、ヴェイルのためではなくヴェイルのような全ての人のために考えられるようになっている。
「……サルティ先輩——どうして追跡者の門戸は開かれていないんですか?」
イェスタは訊ねながら、光の剣で罹患者の首を刎ねた。実際には、罹患者の体に首元を中心に黒い痣が生じ、彼は内側から死んだことになる。
「もし犯人が全ての攻略者なら、私はその行為を責められない。そう思うんです」
「……イェスタ様、何を仰ってるんですか?」
そう呆れたように口を出してきたのはコルトンだった。彼はとどめを刺せなかった自分を律するように拳を握り締めつつ、イェスタに当然のことを教える。
「光は天からの加護、貴族である私たちが追跡者として平民の矢面に立つのは自然なことです。イェスタ様も、だからこそその身を切って追跡者になられたのでしょう?
「……貴族だから、光が強いって?」
イェスタは怪訝に思って小さく呟き周りを見たが、サルティ含め他の三人も当然のような顔をして聞いている。
「…………」
追跡者には精神的余裕や道徳規範が求められる——「天からの加護」が得られるから? それはあんまりな選民思想じゃないか、と思った。イェスタにとっては常にヴェイルこそが追跡者になるべき人間だったから、そんな風に考えたことはなかった。じゃあヴェイルは天から加護を受けてないっていうのか。
だが、選定の儀で光の才能を見出されたのがヴェイルではなくイェスタであるという事実が、その仮説を支持していた。
「……私は……」
「ッ! 待て、総員警戒!」
サルティの号令が、イェスタたちを戦いに引き戻す。
絶光領域が崩壊していない。そんなことにも気づかない経験の浅さが憎い。
罹患者はまだ死んでいないということだ。その体に、黒いものが這い始める……それは蔦のように見えた。
「レベル1だぞ、この絶光領域は」
サルティはつくづくイレギュラーが起こることに愕然としながら、そう呻いた。
罹患者が歩き出す。速戦即決とばかりにサルティが己の武器を投げる——彼女の武器は闇の構造物を侵蝕する毒針だ——しかし、罹患者の足元からグングンと伸びた黒い木の枝が、それを受け止めた。
サルティの武器は、その枝に刺さっていなかった。絡め取られたのだ。
「そうだ、そのままこっちに」
それは、背後から聞こえ——イェスタは、四人よりも遅れて振り返った。
……その声を知っている。




