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ドグマ・ルーアッハ  作者: 三科享史
第三章 道は再び交わる
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第27話 一歩目、これからのための

 その女性は、夕暮れの街で帰り道を迷うように立ち尽くしていた。だが彼女の家はすぐ近くの区画にあり、迷うことはまずないはずだった。

 彼女はため息を吐いた。——その後ろ姿に、平たい帽子を被ったマグニスが近づく。二人は一回り歳が違うし、マグニスは帽子を被ると紳士な顔立ちの印象になるので、ガールハントには見えなかった。

 道路の向かいのベンチで座って待っていると、隣のノーマは忙しなく二人の方を振り返っていた。怪しいからやめろ、と言っても、前を向いたままモジモジするだけで変わらないだろう……。


「ほ、本当にあの人なの? 関係ない人に話しかけたら大変だよ……」

「家から尾行しただろ、間違いない」

「そもそも、その尾行する対象として合ってるの? って言ってるんだけど……」


 こそこそした声でノーマは言うが、ヴェイルは確信していた。

 なぜならルアハが、あの女性の同棲相手であるレニーが罹患者(フォトラビック)になると言っているからだ。

 ルアハが未来視をするには、因果を辿っていかなければならない。ヴェイルは夜の間に協会支部に侵入し、各地から罹患者(フォトラビック)の情報が集まる電信受信機に触れたことで、先一ヶ月ほどの通報の内容を先読みすることに成功したのだった。


 ヴェイルたちが干渉する前の運命では、彼女との家の中に絶光領域(ニクトレルム)を作ったレニーの存在はこの翌日に追跡(パースー)協会へ通報される。今夜、レニーは初めて人を取り込んでしまうからだ。

 このセルエという郊外の市はザロントとスフェーンの中間より少し南にあり、協会支部まで遠く、市に伝えることで近くに滞在している追跡者(パーサー)及び協会に罹患者(フォトラビック)の情報を届けることができる。が、セルエでは近くに追跡者(パーサー)がいないかもしれない。情報の移動距離はそのまま追跡者《パーサー》の移動距離と等しいわけだから、心理的ハードルはアネを隠していたノーマに比べても非常に高い。


「間違ってれば、ここでマグニスが不審者の烙印を押されるだけだ」

「可哀想だよそれは……」


 しかしここでマグニスを選んだのは無難な判断だ。ノーマのような少女がいきなり恐光症(フォトラビア)の話を持ちかけてきても、眼帯の男でも、彼女の記憶に残り過ぎる。


「可哀想にはならないさ。ほら、頷いた」


 女性はしばらくマグニスに怯えているようにも見えたが、どうやらこちらの提案を呑んでくれたらしい。マグニスが片手で親指を立て、こちらに成功のサインを出した。

 未来視によって追跡者(パーサー)よりも早く得た情報を使って、通報直前の罹患者(フォトラビック)の身内に「治療」を売る——これが、ヴェイルとノーマとマグニスの目的が全て叶う最適解だった。


「僕たちも行こう」

「う、うん」


 マグニスと彼女が家に向かって歩き始めたのを横目に、別の通りから彼女の家に向かう。依頼を受けるのはマグニスだが、実際に絶光領域(ニクトレルム)を攻略するのはヴェイルとノーマだ。マグニスはまだ悪魔憑きから人間に戻りたてで、無茶をさせられない。

 同じ悪魔憑きでもヴェイルは普通に生活しているが、それはやはりルアハが光を嫌わない堕天使であり、またヴェイルを宿主としながらも存在の癒着を避けているからだ。長らく悪魔に支配されていたマグニスの存在は脆くなっている、とルアハは言う。


「——それにしても、何でここで罹患者(フォトラビック)が出るって分かったの? なんか、ザロントでずっとコソコソしてる時あったけどさ……」


 合流の直前、ジトリとした目でノーマが問う。ルアハのことは二人にも話していない……ルアハも女の子(?)だ。ヴェイルを介して知り合って、同性のノーマや年上の男に興味が移ったらたまったものじゃない。特にノーマはヴェイルよりもよほど精力的だ。危ない。


「マグニスに憑いてた悪魔の力は相当なものだった。それを吸収したことで、本来の力が大分戻ってきたんだ」

「ヴェイルさんに憑いてる、悪魔の……? それって大丈夫なの?」

「追跡者(パーサー)もおまえも、光(フォス)をいくら使っても平気だろ? それと同じさ」


 そう聞いてもノーマは納得いかない顔をしていたが、これ以上説明のしようがない。

 家の前で話すマグニスと女性に近づくと、マグニスがこちらを指す。


「——彼らに攻略していただきます。しばしお待ちを」

「……子供?」

「プロですよ。立派な」

「はい、任せてください」


 勝手にやっていることにプロも何もないが、マグニスとノーマは堂々と言った。女性は不安を滲ませながら、「どうぞ」と家の扉を開けた。アパートの一階だ。絶光領域(ニクトレルム)は部屋の中から地下へ展開されているのだろう。

 ヴェイルはルアハと一緒に見た未来の光景を思い出し、リビングを抜けて右側の個室を開けた。ここだ。広い穴があり、急な階段になっている。


「ノーマ、おまえが先に行くか」

「えっ。……うん、そうするよ。ヴェイルさんは後ろで見ててね。指示をちょうだい」

「ああ」


 あの巨大な〈マグニスの絶光領域(ニクトレルム)〉を攻略した自信か、ノーマは「レベル0」の絶光領域(ニクトレルム)へとしっかりとした足取りで中へと降りていった。

 家の中に絶光領域(ニクトレルム)を形成する罹患者(フォトラビック)のタイプは大きく二つに分かれる。近くの住人を食らいつくし、盤石な「家」を作ろうとするか……あるいは狡猾に、自分の所在が分からないように静かに力を蓄えるか。

 レニーは、アネと同様初動が遅いが、いずれ前者になる。


「扉か。僕が開ける。直後に注意しろ」


 ヴェイルは言って、闇(ニクス)の銃を扉に向けて撃った。するとマグニスの悪魔を捕らえた時と同じように、着弾地点から荊(いばら)が伸びて扉に纏わりつく。それは扉の隙間に棘を捩じ込むと、剥がすように扉を押し開けた。ルアハが既成の絶光領域(ニクトレルム)を侵略して書き換えているのだ。


「行こうっ」


 ノーマが凝縮した光(フォス)の灯りを作って飛ばし、前方を照らす。するとそれを目掛けて闇蟲(ニクト)が飛び出してきて、ノーマはその瞬間に箱状に盾を展開した。光(フォス)の盾は元の大きさに戻り——闇蟲(ニクト)は押し潰されて跡形もない。


「随分慣れたな」

「ヴェイルさんもね」

「罠はなさそうだ。そのまま切り開いてくれ」

「了解!」


 階段は折り返しで、二階分下らせるとそこが終点のようだった。「この部屋までで、〈アネの絶光領域(ニクトレルム)〉と同じサイズ感だ。レニーはすぐそこにいる」と言うと、ノーマは黙ったまま頷いた。

 気をつけなければならないのは、光(フォス)であっても闇(ニクス)であっても罹患者(フォトラビック)を直接攻撃すれば命を奪ってしまい、その治療は叶わないということだ。それはジョーディンが起き上がって来なかったことからも明らか——。


「ジョーディンって、あの時の追跡者(パーサー)の? ……あの人は、別に死んでないわよ?」

「え?」

「どうしたの、ヴェイルさん?」

「いや……何でもない」


 心の中で、ルアハにどういうことだ、と問いかける。ヴェイルが闇(ニクス)でジョーディンを撃ったのは追跡者(パーサー)が罹患者(フォトラビック)を殺すのと同じ構図だったし、イェスタも犠牲者が出たと言っていた。ジョーディンは死んだはずだ。


「私は私の力で人の命を奪わせたりなんてしないわ。あれは少し眠ってもらっただけ。私の力も足りなかったし、一時間後にはすっかり目が覚めたはずよ」

「…………」

「っいたよ、向こう!」

「分かった」


 ノーマの声で我に返って、ヴェイルは銃を構え直した。


「だから、罹患者(フォトラビック)を直接撃ってくれて構わないわ。ヴェイル」

「————」


 引き金を引く。銃弾は罹患者(フォトラビック)の胸元に当たり、その背中にブワッと黒い枝が生え、花が咲いた。それは悪魔を呑み込んだルアハの“永遠の春”の表出だった。


「——よくやったノーマ、任務完了だ。もう少し時間がかかった方がそれらしかったけど」

「そんなこと考えてないで、早くあの人を安心させてあげようよ」


 ノーマが呆れたように言って、倒れ込んだレニーを抱き上げる。「うん、生きてる……」と確かめるように呟いた声音は柔らかく、優しさに満ち溢れていた。

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