第25話 セインウェンの忠告
「ま……〈マグニスの絶光領域〉が攻略されただとッ⁉︎」
愕然として叫ぶサルティに、イェスタはその心中を推し量ることしかできなかった。サルティはジョーディンを殺した犯人を見つけ出すための捜査に全力で舵を切ろうとしていた。ほぼ同時に特大の異常が膝元で起こったことは、彼女にとってあまりにも不都合だった。
「エイデン一等、落ち着いてください、原因は調査中です……悪い方ばかりではなく、マグニス自身が限界を迎え自壊したという可能性も考えられますから。その脅威がなくなったこと自体は喜ばしいことです」
「絶光領域が自壊した例は過去にもある。それは徐々に起こるのだ。決して……あの規模の活発な絶光領域が一晩でなど……考えられん。そもそも今回の崩壊の仕方は、報告にある限り間違いなく攻略完了時のそれだ。本当に追跡者全員に確認を取ったのだろうな? 攻略者がいれば褒章を与えなくてはならない」
「もちろんです」
追跡者による攻略という可能性も忘れずにいつつも、どかっと座った彼女の態度は「これは明らかにおかしいことだ!」と言外に強く主張していた。
イェスタも昨日〈マグニスの絶光領域〉に立ち入った一員だ。事細かな報告をまとめ終わって気疲れしながら、サルティの向かいに「失礼します」とことわって座る。
「サルティ先輩、現地調査に行かれますか?」
「……既に何人かが行っているだろう。ワタシは情報を待つ。そもそも、ワタシはジョーディンの件の犯人の方を調べている最中だからな」
「何だか、立て続けに事件が起きますね……。こういうことはよくあるんですか?」
「ない」
サルティは即答した。
「罹患者の肉親との少しの諍いならままある。だが、それも罹患者を諦められない者が絶光領域に立ち入らず生き残っていればの話だからな。それ以外の人間は、当然、罹患者に関わりたがらない」
「…………」
「マックスウェル君、キミにはこういう場面での落ち着きがあるな」
「え? ああ……まあ、そうかもしれませんね」
「良いことだが、あまり溜め込むなよ」
「……はい、ありがとうございます」
イェスタは追跡者として、「動揺しないこと」を一つの指針としている。結局、覚悟を決める大きなきっかけとなったヴェイルは恐光症に罹患せず元気にしていたが——その指針は体に染み付いているようだ。
「サルティ一等」
「今度は何だ」
「ダロン支部から——例の事件の続報だと」
「!」
サルティは立ち上がって、職員から手紙を受け取った。差出人の欄にはただ「セインウェン」という名前だけが書かれていて、業務上の連絡らしくはないように思えた。
「何故……この件にセインウェン殿が」
「……?」
サルティは急いで手紙を開封して、その一枚の便箋に目を通した。そして、ごくりと唾を呑む。
「内容を伺っても?」
「——ジョーディンが殺された絶光領域の主、犯人に連れ去られた少女が発見されたそうだ」
「少女だけ……ですか」
「彼女はまるで罹患者でないかのように、日のもとを歩いていた……しかし、その心には未だ闇が認められたため、処罰を下した……」
「え?」
恐光症はその名の通り、光を恐れる症状のある病気だ。罹患者が太陽の下を歩くなんて考えられない。
「今後このように、光を浴びても平然としている罹患者が現れる可能性がある。しかし恐光症が治ることはない。よって、罹患者に対しては変わらず、迷いなく処罰を与えなさい——」
「どういうことです? 恐光の症状を克服して、普通に暮らしていたということですか?」
「そう読めるな。……しかし、それ以上の情報がなさすぎる。何故急にこんなことが? 何故今後またあるかもしれないと言える? ……」
イェスタは罹患者を一人しか見たことがないが、彼は完全に自我を失っているように見えた。ただ絶光領域を作り出し、己を守るために闇を駆使するだけの存在。そういう印象だった……。
「セインウェン殿が直接仰るとは只事ではない。恐らくそれができる個体を野放しにしておくと危険なのだろう。こちらでも周知しておかねばな」
「……分かりました。しかし——彼女を連れ去った犯人の目的は? 彼女の絶光領域はレベル0だったんですよね。それがその状態に推移した原因は……その犯人にあるのでしょうか?」
「まだ何とも言えないな、前例のないことだ。だがもしその犯人こそが特別な存在であるなら、これからの展開はさらに読みづらい。ダロンには調査を急いでもらわなくては」
そう言うサルティの顔は曇っていた。誰より、彼女が一番進展を知りたいはずだ。
追跡者には殉職者が多い。追跡者が罹患者の命を狙っているように、罹患者もまた追跡者を狙っている。
だが、いくらその危険を受け入れていても、理不尽を受け入れることはできない。
「……マックスウェル君」
「はい?」
「一昨日はすまなかった。年甲斐もなく取り乱して……キミ等の方が不安だろうにな。——調査は必要だが、事態は全く不透明だ。ワタシはキミ等の教育係の任に戻って、キミ等をこの手で守ることをまず第一課題としようと思う」
「! 本当ですか。みんな昨日、サルティ先輩を恋しがっていたんですよ」
……イェスタは純粋に喜びながら、サルティの決断を深刻に見た。
追跡者は戦闘に専門性を持つだけで、普段は比較的自由な職業だ。〈マグニスの絶光領域〉を抱えていたザロント支部は例外だったが、攻略中の絶光領域がない期間、新たな罹患者を発見するための調査が勤務時間の大半を占める。本来なら、サルティが感情を優先して調査に乗り出しても然程支障はない。
「……早く解決できるといいですね」
「——ああ、全くだ」
新たに支給された胸当てを指でなぞりながら、イェスタは思わず重く呟いた。




