第21話 二人のために戦いたい
目が慣れてきたとはいえ、ランタンの光では全く照らしきれない。広い空間を作る意義はそこにあるようだった。細い道ではおおよそ前後を気にしていればいいが——ここでは違う。敵がどこから現れるか分からない。
「ノーマ、ランタンを持って敵に狙われるのと、ランタンを敵と一緒に追いかけるの、どっちがいい?」
「ど——どっちもやだけど……」
「……。——言いそびれてたけど、おまえの判断は大間違いだぞ。僕を信頼して絶光領域に入るっていうその時点の判断が」
「で、でも、ヴェイルさんに一人で戦って欲しくなかったんだもん!」
ノーマはほとんど泣きそうだった。ヴェイルの絶光領域攻略がここまで無計画なものだとは、彼女は思っていなかっただろう。ヴェイルは彼女を哀れんで、いつ彼女が絶望して足を止めてもおかしくない、そうしたらどうやってランタンを回収しようか、と考えた。
しかし、実際に立ち止まった彼女には気迫があった。ザザ、と足音を立てて振り返り、ランタンを地面に置く。
「ノーマ?」
「っ——あたしだって……あたしだって戦える! ヴェイルさんのために——アネのために……!」
その瞬間、視界が白に圧迫された。——光の白だった。
それは平たく大きい盾の形をしていて、空間を仕切ると、そのまま闇蟲の塊を向こうへ押しやった。仲間と光との間で押し潰された闇蟲が消滅していくのが見える。そしてその光によって、空間の全容も。
「よし、見える!」
ノーマと背中合わせになって、ヴェイルは姿が露わになった三体の大きな闇蟲を即座に撃った。「ゴオオ」という怒った声が上がる。ノーマの盾を見た後だと、効いてはいるが光ほどではないのが分かった。
「追跡者の詠唱は知ってるか? いいか、力が欲しい時はこう唱えるんだ——」
リロードのために一度銃口を下げて——ヴェイルはその時、違和感に気が付いた。
その三体の闇蟲だ。それらは巨大な背丈の鶏のようなフォルムで、二対の眼を持っていた。力強そうな足やいかにも凶悪な嘴、趾を持っているそれに襲われればヴェイルはひとたまりもない。しかし、それらはヴェイルに撃たれても身を捩るだけで、こちらを襲ってくるような様子はなかった。
「……“聖霊来たり給え、天より御光の輝きを放ち給え”」
「……ヴェイルさん?」
静かに唱えつつ、続けて撃とうとしないヴェイルに、ノーマが怪訝そうに名前を呼ぶ。ヴェイルは収束する力を手中に感じながら、目を疑った。真ん中の闇蟲の影……次の部屋へと繋がる道の暗闇から姿を現した、壮年の男性の姿に。
「降霊の詠唱だと? お客人——汝は何者か?」
「——マグニス……⁉︎」
遠目で人相は分からないが——グインフォー・マグニス。この絶光領域の主。ヴェイルの獲物。そうとしか考えられない。
追跡者は一度もマグニス本人を捕捉したことがないはずだ。そうでなければとっくに攻略は終わっている。それが、こんな浅い場所で彼が自ら姿を現すとは!
二人はここに招かれていたのだ。
彼は全ての闇蟲の背後で、まるでどこかの王であるように立った。闇蟲が彼に平伏す。実際、彼はこの絶光領域の王だった。
「マグニス——そういえば、この人間はそういう名前だったな」
「おまえは悪魔だな。お迎えありがとう、探す手間が省けたよ」
「……珍しく同族の客人かと思ったのだが。光の教徒を連れて、何をするつもりか?」
同族とはルアハのことで、光の教徒はノーマのことだろう。ヴェイルは正直に話すことにした。
「僕はどうしてもおまえに会いたかったんだ。でもそのまま入って歓迎されるなんて思わなかったから、こいつに攻略に協力してもらうことにしたのさ」
「歓迎?」
「違った?」
ヴェイルは冗談めかして肩を竦めたが、マグニスはずっとユーモアなど全く解さなそうな仏頂面のままだった。
「汝の正体をこの目で確かめたかっただけだ。……だが、直接見ても掴めん……。言葉はただの人間のようにも聞こえる——一体何だ貴様は?」
ヴェイルは沈黙しながら、マグニス(正確には、彼に憑いている悪魔だが)の言葉を意外に思った。彼から見ても、普通の悪魔憑きとヴェイルとの間には違いがあるようだ。
「何が分からない?」
「……人間を操ることもできんひどい低級の悪魔かとも思ったが、その闇……。だがそうだとすれば、なぜ貴様の——その人間の自我が残っている? あるいは、人間の振りをしているだけか?」
「…………」
「要件を言え。内容によっては容赦しない」
ヴェイルは少し考えた。ヴェイルの目的は、マグニスに憑いている悪魔の力をルアハに与え、その力を回復させることだ。正直に答えれば制裁は免れないだろう——だがその言い方は、彼を怒らせない回答もまだあり得るということに違いなかった。
彼は、客人に何かを期待していたのか?
この安定した絶光領域に何かが齎されることを……。
「——おまえの感覚は正しいよ——、実際僕と彼女は不完全な存在だ。僕は事情を全て理解しているとは言えない……悔しいけど、彼女のことについても。ただし、僕は彼女に忠誠を誓っている、それだけは確かだ」
マグニスは難攻不落の絶光領域を作り上げ、地下から枝を伸ばすことで安定的に人間を取り込んでいる。しかしその一挙一動は追跡者に注視されており、これ以上の発展の隙は与えられない。
「僕と彼女が本来の力を得るには、悪魔の協力が必要。そしてマグニス……それはおまえも同じじゃないか? はっきり言って、おまえは膠着している——これだけのリソースを持ちながら、追跡者の殺害に力を割けていない」
指摘すると、マグニスは何も言わず、頷きもせず数歩前に出た。すると、中央の闇の地面が迫り上がってテーブルと一対の椅子を作り上げた。「座れ」と言われるのでその通りにする。それは文字通り、交渉のテーブルだった。ヴェイルは足を組んで背筋を伸ばし、膝の上で両手を重ねた。
「そこの少女には少し待っていてもらおう」
「っ、ヴェイルさ——」
マグニスは指の一振りでノーマとの間に壁を作り出した。ランタンの光も遮蔽され、ヴェイルの左目には完全な暗黒が映る。椅子のすぐ隣まで来ると、少し躊躇いを見せた後、ヴェイルにもう一つ要求した。
「……その目だ」
「ん?」
「眼帯を外してみせろ」
その声は硬く、「まさか」と自身を疑っているようだった。ヴェイルはあの、右目の虹彩に浮かんだ円形の模様を思い出した。
ヴェイルが眼帯を外し、右目の瞼を開いて見せると、マグニスはギラリと警戒に目を光らせながらも口角を吊り上げた。……また、何も見えているはずがないのに、視界が揺れ始める。思わず目頭を押さえたヴェイルに、マグニスは笑う。
「——貴様のような存在が放置されているとは。天上では一体何が起こっているのか!」
それは皮肉であり、悪魔の歓喜だった。マグニスは向かいの席に座り、両肘をついて手を組んだ。平凡な茶髪に髭を生やした気弱そうなマグニスの顔が悪辣に歪む。……光がないのになぜ彼の姿が分かるかといえば、この右目の仕業に違いなかった。
「……これは何なんだ? 教えてくれないか」
「——人間を通してこの世界を視る、天使の“天眼”だろう」
「天使?」
「だが本来、天使が一人の人間に取り憑くことは滅多にない——ましてや闇の力を使うことなど」
「…………」
ヴェイルは、“永遠の春”の中で佇む美しい少女の姿を思い出した。確かに、彼女を形容するには悪魔よりも天使の方が似合う。
「天使を裏切った堕天使……か」
堕天使——。それがルアハの正体をより正確に表す言葉だということだ。また一歩近付けた感覚に嬉しくなる。
「汝の提案を受け入れよう。我々の協力関係は有意義なものになるだろう」
そう言って、マグニスはその両手を開いた——。
その瞬間、マグニスの体に、足元から生えた黒い荊が這った。




