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ドグマ・ルーアッハ  作者: 三科享史
第二章 それぞれの教条
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第21話 二人のために戦いたい

 目が慣れてきたとはいえ、ランタンの光では全く照らしきれない。広い空間を作る意義はそこにあるようだった。細い道ではおおよそ前後を気にしていればいいが——ここでは違う。敵がどこから現れるか分からない。


「ノーマ、ランタンを持って敵に狙われるのと、ランタンを敵と一緒に追いかけるの、どっちがいい?」

「ど——どっちもやだけど……」

「……。——言いそびれてたけど、おまえの判断は大間違いだぞ。僕を信頼して絶光領域(ニクトレルム)に入るっていうその時点の判断が」

「で、でも、ヴェイルさんに一人で戦って欲しくなかったんだもん!」


 ノーマはほとんど泣きそうだった。ヴェイルの絶光領域(ニクトレルム)攻略がここまで無計画なものだとは、彼女は思っていなかっただろう。ヴェイルは彼女を哀れんで、いつ彼女が絶望して足を止めてもおかしくない、そうしたらどうやってランタンを回収しようか、と考えた。

 しかし、実際に立ち止まった彼女には気迫があった。ザザ、と足音を立てて振り返り、ランタンを地面に置く。


「ノーマ?」

「っ——あたしだって……あたしだって戦える! ヴェイルさんのために——アネのために……!」


 その瞬間、視界が白に圧迫された。——光(フォス)の白だった。

 それは平たく大きい盾の形をしていて、空間を仕切ると、そのまま闇蟲(ニクト)の塊を向こうへ押しやった。仲間と光(フォス)との間で押し潰された闇蟲(ニクト)が消滅していくのが見える。そしてその光によって、空間の全容も。


「よし、見える!」


 ノーマと背中合わせになって、ヴェイルは姿が露わになった三体の大きな闇蟲(ニクト)を即座に撃った。「ゴオオ」という怒った声が上がる。ノーマの盾を見た後だと、効いてはいるが光(フォス)ほどではないのが分かった。


「追跡者(パーサー)の詠唱は知ってるか? いいか、力が欲しい時はこう唱えるんだ——」


 リロードのために一度銃口を下げて——ヴェイルはその時、違和感に気が付いた。

 その三体の闇蟲(ニクト)だ。それらは巨大な背丈の鶏のようなフォルムで、二対の眼を持っていた。力強そうな足やいかにも凶悪な嘴、趾(あしゆび)を持っているそれに襲われればヴェイルはひとたまりもない。しかし、それらはヴェイルに撃たれても身を捩るだけで、こちらを襲ってくるような様子はなかった。


「……“聖霊来たり給え、天より御光の輝きを放ち給え”」

「……ヴェイルさん?」


 静かに唱えつつ、続けて撃とうとしないヴェイルに、ノーマが怪訝そうに名前を呼ぶ。ヴェイルは収束する力を手中に感じながら、目を疑った。真ん中の闇蟲(ニクト)の影……次の部屋へと繋がる道の暗闇から姿を現した、壮年の男(・)性(・)の姿に。



「降霊の詠唱だと? お客人——汝は何者か?」



「——マグニス……⁉︎」


 遠目で人相は分からないが——グインフォー・マグニス。この絶光領域(ニクトレルム)の主。ヴェイルの獲物。そうとしか考えられない。

 追跡者(パーサー)は一度もマグニス本人を捕捉したことがないはずだ。そうでなければとっくに攻略は終わっている。それが、こんな浅い場所で彼が自ら姿を現すとは!

 二人はここに招かれていたのだ。

 彼は全ての闇蟲(ニクト)の背後で、まるでどこかの王であるように立った。闇蟲(ニクト)が彼に平伏す。実際、彼はこの絶光領域(ニクトレルム)の王だった。


「マグニス——そういえば、この人間はそういう名前だったな」

「おまえは悪魔だな。お迎えありがとう、探す手間が省けたよ」

「……珍しく同族の客人かと思ったのだが。光の教徒を連れて、何をするつもりか?」


 同族とはルアハのことで、光の教徒はノーマのことだろう。ヴェイルは正直に話すことにした。


「僕はどうしてもおまえに会いたかったんだ。でもそのまま入って歓迎されるなんて思わなかったから、こいつに攻略に協力してもらうことにしたのさ」

「歓迎?」

「違った?」


 ヴェイルは冗談めかして肩を竦めたが、マグニスはずっとユーモアなど全く解さなそうな仏頂面のままだった。


「汝の正体をこの目で確かめたかっただけだ。……だが、直接見ても掴めん……。言葉はただの人間のようにも聞こえる——一体何だ貴様は?」


 ヴェイルは沈黙しながら、マグニス(正確には、彼に憑いている悪魔だが)の言葉を意外に思った。彼から見ても、普通の悪魔憑きとヴェイルとの間には違いがあるようだ。


「何が分からない?」

「……人間を操ることもできんひどい低級の悪魔かとも思ったが、その闇(ニクス)……。だがそうだとすれば、なぜ貴様の——その人間の自我が残っている? あるいは、人間の振りをしているだけか?」

「…………」

「要件を言え。内容によっては容赦しない」


 ヴェイルは少し考えた。ヴェイルの目的は、マグニスに憑いている悪魔の力をルアハに与え、その力を回復させることだ。正直に答えれば制裁は免れないだろう——だがその言い方は、彼を怒らせない回答もまだあり得るということに違いなかった。

 彼は、客人に何かを期待していたのか?

 この安定した絶光領域(ニクトレルム)に何かが齎されることを……。


「——おまえの感覚は正しいよ——、実際僕と彼女は不完全な存在だ。僕は事情を全て理解しているとは言えない……悔しいけど、彼女のことについても。ただし、僕は彼女に忠誠を誓っている、それだけは確かだ」


 マグニスは難攻不落の絶光領域(ニクトレルム)を作り上げ、地下から枝を伸ばすことで安定的に人間を取り込んでいる。しかしその一挙一動は追跡者(パーサー)に注視されており、これ以上の発展の隙は与えられない。


「僕と彼女が本来の力を得るには、悪魔の協力が必要。そしてマグニス……それはおまえも同じじゃないか? はっきり言って、おまえは膠着している——これだけのリソースを持ちながら、追跡者(パーサー)の殺害に力を割けていない」


 指摘すると、マグニスは何も言わず、頷きもせず数歩前に出た。すると、中央の闇(ニクス)の地面が迫り上がってテーブルと一対の椅子を作り上げた。「座れ」と言われるのでその通りにする。それは文字通り、交渉のテーブルだった。ヴェイルは足を組んで背筋を伸ばし、膝の上で両手を重ねた。


「そこの少女には少し待っていてもらおう」

「っ、ヴェイルさ——」


 マグニスは指の一振りでノーマとの間に壁を作り出した。ランタンの光も遮蔽され、ヴェイルの左目には完全な暗黒が映る。椅子のすぐ隣まで来ると、少し躊躇いを見せた後、ヴェイルにもう一つ要求した。


「……その目だ」

「ん?」

「眼帯を外してみせろ」


 その声は硬く、「まさか」と自身を疑っているようだった。ヴェイルはあの、右目の虹彩に浮かんだ円形の模様を思い出した。

 ヴェイルが眼帯を外し、右目の瞼を開いて見せると、マグニスはギラリと警戒に目を光らせながらも口角を吊り上げた。……また、何も見えているはずがないのに、視界が揺れ始める。思わず目頭を押さえたヴェイルに、マグニスは笑う。


「——貴様のような存在が放置されているとは。天上では一体何が起こっているのか!」


 それは皮肉であり、悪魔の歓喜だった。マグニスは向かいの席に座り、両肘をついて手を組んだ。平凡な茶髪に髭を生やした気弱そうなマグニスの顔が悪辣に歪む。……光がないのになぜ彼の姿が分かるかといえば、この右目の仕業に違いなかった。


「……これは何なんだ? 教えてくれないか」

「——人間を通してこの世界を視る、天使の“天眼”だろう」

「天使?」

「だが本来、天使が一人の人間に取り憑くことは滅多にない——ましてや闇(ニクス)の力を使うことなど」

「…………」


 ヴェイルは、“永遠の春”の中で佇む美しい少女の姿を思い出した。確かに、彼女を形容するには悪魔よりも天使の方が似合う。


「天使を裏切った堕(・)天(・)使(・)……か」


 堕天使——。それがルアハの正体をより正確に表す言葉だということだ。また一歩近付けた感覚に嬉しくなる。


「汝の提案を受け入れよう。我々の協力関係は有意義なものになるだろう」


 そう言って、マグニスはその両手を開いた——。


 その瞬間、マグニスの体に、足元から生えた黒い荊(いばら)が這った。


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