第20話 無謀な攻略
追跡者は〈マグニスの絶光領域〉にかなり頻繁に出入りしているようだ。完全攻略が難しいとはいえ、野放しにしておくわけにはいかないからだろう。その中にはイェスタの姿もあった。
追跡者が不在になるのはやはり夜の時間帯だ。夜になると、出口を見つけること、そして日光という天然の——言葉を借りるなら“光の世界”に逃げ込むことが難しくなる。
罹患者と同じ“闇の世界”の方がヴェイルにとって都合がいいということは想像に難くない。二つの理由に支持されて、ヴェイルとノーマの〈マグニスの絶光領域〉入りは夜に決まった。
「——説明してなかったけど、僕は色々あってどうやら闇の力を使えるんだ。絶光領域攻略のために、おまえにも光と闇どちらかの力に目覚めて欲しい」
日暮れを見送りながらそう告げると、ノーマはこくりと頷いた。
「確か、人間は元々光の力を持ってるんだよね?」
「ああ。多分、悪魔に憑かれることでそれが闇に変化していくんだ」
「ヴェイルさんも罹患者なの……?」
「“悪魔憑き”ではある。恐光症っていう名前とは合致しないけど」
ノーマは心配そうにヴェイルを見るが、ヴェイルにとってこの悪魔は手放せても手放したくない、自分の命より大事なものだ。
「自分がやりたいことは何か、強く思い浮かべるんだ。行くぞ。ランタンに火を」
「……うん!」
周辺から追跡者がいなくなったことを確認し、枯れ葉を踏む足音をなるべく消して入口に近づく。むわっと植物と土の匂いのする森林の深くにある〈マグニスの絶光領域〉の入り口は、それは見事な洞穴だった。
体感気温がぐっと下がり、虫たちの声が聞こえなくなる。ランタンを掲げたノーマは、ぴたりとヴェイルについて懸命に足を動かした。ヴェイルはランタンを取り上げて、ノーマに苦言を呈する。
「……離れて、今のうちに光を試してみてくれ。僕は悪魔憑きだから光で火傷するんだ」
「えっ。ご、ごめんなさい。やってみるね」
ノーマがぱっとヴェイルから距離をとって、腕を伸ばしてぐぐぐと力を入れてみたり、わたわた手を動かしてみたり、片足を引いて剣を構えるポーズをしてみたりした。しかしあの白い光の気配はない。
ノーマはそのうち、固まったまま顔を赤くして俯いてしまった。
「……まあいい、光とも限らないし、元々一人のつもりだったんだ。ランタン持ちがいるだけでもありがたい」
「えっ……あっ」
ヴェイルがランタンを返して進むと、ノーマは泣きそうな声を上げながら慌ててついてきた。
「とりあえず歩いてみないことには、〈マグニスの絶光領域〉の特性が理解できないからな……」
そう言っていると、早速先の道が三つに分岐しているのが見えた。ヴェイルは少し迷ってから、真ん中を選択する。そろそろ目が暗闇に慣れてきた。
道ひとつとっても〈アネの絶光領域〉より広い。相当な人数を取り込んでいるのだろう。今も、枝先を伸ばして。ヴェイルはふと呟く。
「僕も人間を取り込んで強くなれるのかな」
「えっ。……な、なれる……のかな? 冗談だよね?」
「方法が分からないからどうしようもない。……また分かれ道だ。ここまでは罠も何もないけど、そろそろ警戒しよう」
今度は右か左かの二択だ。ヴェイルは右を選んだ。迷っていても仕方がない。
「ん? 行き止まり……」
その時だった。ガン! と背後で岩がぶつかるような音がして、ヴェイルはばっと振り返って腕を前に出す。だが、誰かがいるわけではない。
「……——」
帰り道が閉ざされ、行き止まりだったはずの壁が開いていた。〈マグニスの絶光領域〉で最もポピュラー、そして避けようがない罠だった。
「ヴェイルさん……」
「……これからこういうことは何回もあるはずだ。気にせずに行こう」
「……か、帰れるのかな、あたしたち……」
「絶光領域を攻略すれば確実だ」
二人はしばらく、同じように形の変わり続ける迷路を進んだ。そして、罠の作動回数が十を超え、ヴェイルが数えるのをやめた頃、状況は動き始めた。
壁だった場所には下り階段が現れている。それは無骨な入り口とは違って、まるでマックスウェル家の邸宅のように上品なデザインが施されていた。暗いから、まるで何かの遺跡のようにも見えた。
「ここからが本当のマグニスの城だな、明らかに手が込んでる。今までの柔軟に変わる部分は、多分、追跡者に毎回違うルートを辿らせて、そのうちに中を改造するための時間稼ぎのためにあるんだろう」
「な、なるほど……」
「僕が先に行くから、後ろは見てくれ。何かあったらすぐに声を上げろ」
「……うん」
ヴェイルはそして、階段に足を下ろした——のだが、全身を浮遊感が襲い、反射的に腕を壁に振り下ろす。
「っ‼︎ ヴェイルさん!」
「ああ……危ないな」
ヴェイルの体は、辛うじて壁にグリップを突き刺した闇の銃によって落ちずに保たれていた。足元に大穴が空いている。中がどうなっているかは、暗過ぎて見えない——いや。
「——っ来るぞ」
「えっ?」
ヴェイルはぐっと腹に力を入れて階段の下へ跳躍し、翻って銃を構え直す。次の瞬間、「キャキャキャキャ!」という不快な鳴き声と共に、小さな闇蟲の塊が穴からザワザワと持ち上がった。
その一粒一粒は手のひらを飲み込めるくらいのサイズで、全身がチクチクとした毛に覆われた丸い形をしていて、短い足と長い牙がついていた。
「ヒッ——」
「壁に寄れ、ノーマ!」
ヴェイルは叫んで、その小さい的一つ一つにサイトを合わせて引き金を引いた。闇の銃はヴェイルの経験に基づいて形作られており、音はほとんどないがリアルな反動が腕にビリビリと伝わった。闇蟲が密集しているおかげで全て命中し、柔らかいために重なっている他の個体も撃ち抜くことができた。
しかし七度目に引き金を引いた時、銃はカチカチと音を鳴らすだけで沈黙してしまった。
「っ弾切れ⁉︎ ——ノーマ、飛び越えろ、走るぞ!」
「えっ! まっ、待って! っうう——」
ノーマは唸って、結局闇蟲の群れの穴をくぐって目を回しながらも大ジャンプで階段を飛び降りた。少しよろけるが、足は挫いていないようだ。
「っふう、」
「くそ、面倒なっ……」
走りながら、ヴェイルはシリンダーを振り出した。指でなぞると弾が装填される。だが六発ずつの弾丸であの細かい個体の群れを処理しきるのは無理じゃないか?
そう思ったが、振り返ると、幸いなことにあの小さい闇蟲がそこそこ足の遅いことが分かった。
「ノーマ! この速度なら奴らは追いつけない。このまま振り切って探索を続ける!」
「わ、分かったっ」
「僕も何かできないか考えてみる」
ヴェイルは言いながら、指先で壁に触れてみた。しかし模様の凹凸がある硬い感触が伝わるだけで、それが闇だという実感すら湧かない。
思えば、罹患者が直接追跡者と戦うという話は聞いたことがない——追跡者の武器によく似たヴェイルの銃と、罹患者の絶光領域、この二つの能力は両立しないものなのだろうか。
「ヴェイルさん、広い場所に出るよ……」
ノーマが怯えた声で告げる。ヴェイルは両手で銃を握った。




