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ドグマ・ルーアッハ  作者: 三科享史
第二章 それぞれの教条
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第19話 過去は消えず記憶になる

「……どうしてだ? あんなに目指してたのに」

「目的は変わらないさ。——それより自分の心配をしたらどうだ?」


 話を逸らすとイェスタは寂しそうにしたが、「それは、そうかもな。追跡(パースー)は、君の分まで俺が頑張るよ」と相槌を打った。


「実は丁度、追跡者(パーサー)たちが揺れる事件が起こったんだ」

「事件?」

「ああ、ダロンで。詳しくは言えないけど、絶光領域(ニクトレルム)で部外者の介入があったらしい。その混乱で、追跡者(パーサー)に犠牲者が出た……」


 それは僕だ、とはもちろん言わなかった。


「おかげで追跡者(パーサー)にも武器と防具の装備が推奨されて、物騒ったらありゃしない」

「闇蟲(ニクト)には効果がないのに」

「まったくだ」


 なるほど、もう追跡者(パーサー)は武装していると考えた方がいいのか。それは危険だ。ますます追跡者(パーサー)を避けて行動しないと、命に関わる。


「先輩も同期もみんないい人たちだ、何もないといいんだがな。——ヴィー、君は? これからどうするんだ?」

「僕はこの通り旅人だよ。好きなところへ行くさ」

「そうか……」


 イェスタは静かにコーヒーカップを置いて、まるで本当の兄のような顔で微笑んでヴェイルを見た。

 ちくりと妙な痛みを感じた。その瞳に写る「弟」は、もはや自分とは全く別の人物のような気がした。

 今のヴェイルは“第一の人生”の続きを歩んでいる。“第二の人生”を踏み台にして。


「ヴィー、君は俺の弟だ。庇護欲とか独占欲とか、そんな幼稚な感情じゃなくて——本当にそう思ってる。今日君に会えてよかった」

「……ありがとう、『イェスタ兄さん』」

「——ふっ、あはは、何だそれ! そんな呼び方一度もしたことなかっただろ?」


 イェスタは嬉しそうに爆笑して、それから立ち上がった。正しい所作しかしないくせに食べるのが早い。


「じゃ、お邪魔しちゃったしそろそろ行くか。二人は、この後は?」

「まだもう少しだけザロントにいる」

「そうか、楽しんで。——またな、ヴィー」

「ああ、また……」


 白い追跡者(パーサー)の制服がよく似合っている。

 ヴェイルは“第二の人生”において、“第一の人生”の自分が張っていた虚勢よりも贅沢な暮らしや身なりを手に入れた。今ならルアハに嘘を吐かなくても格好をつけられる。だが彼を見ていると、自分は一生本物にはなれないような気がした。


「……ヴェイルさん、あの人、本当にヴェイルさんのお兄さんなの?」

「違う。悪い冗談さ……」


 混乱したまま訊ねるノーマに、ヴェイルはなるべく淡白に答えた。


「イェスタの身内として追跡者(パーサー)を目指してた頃から、僕の目的はずっと変わらない。罹患者(フォトラビック)と接触して、悪魔を捕まえることだ」

「じゃあ、やっぱり……ヴェイルさんと追跡者(パーサー)は違うんだね。でも、あの人は——」

「イェスタは新人だし、元々昔の僕を助けたようなお人好しだ。恐光症(フォトラビア)に治療法があるかもしれないって言ったら、きっと飛びつくだろうさ」

「…………」


 ノーマは追跡者(パーサー)を悪者だと思い込みたいようだが、それは恐らく間違っている。

 どこかにあるはずだ。悪魔を知る追跡者(パーサー)がアネを「光の世界に帰せない」と断定した確固たる理由が、何か。


「ノーマ、それで、おまえの話は聞きそびれたな」

「! う、うん、そうだったね」

「トーストも冷めないうちに食べろ」

「うん」


 指摘すると、ノーマはようやく肩の力を抜いてトーストを齧った。コーヒーに恐る恐る口をつけて涙目になっているが、マックスウェル家ではほとんどの人間がブラックで飲んでいたので、ヴェイルはコーヒーを甘くする方法が用意されていることを知らなかった。


「……あのね、あたし、ヴェイルさんのお手伝いがしたい」

「手伝い?」


 ノーマは自信なさげに、しかし意志を感じさせる声で言った。


「あの時、ヴェイルさんはあたしにアネを預けて逃げたでしょ? ああいうことができる仲間が、ヴェイルさんにいて欲しい。あたしがそれになりたい。それで——アネを殺した奴らを、見返してやりたいっ……」

「おまえ……」


 他の客に聞こえないよう抑えてはいたが、それはまるで慟哭だった。

 ノーマは、年相応の可愛らしい鞄にパンパンに物を詰め込んできていた。その理由が今、分かった。


「……僕はそれをおまえのために断れるようなお人好しじゃない」

「断らないで」

「戦ってもらうことになるぞ」

「戦いたいの」


 きっと彼女は後悔するだろう。ヴェイルはただ、ルアハに会いたいだけなのだから。

 それからヴェイルは何も言わず、ノーマがモーニングを食べ終わるのを待った。

 ——ルアハは悪魔を「食べた」のだろうか。それはどんな味がするんだろう? ルアハには美味しいものを食べて欲しいし、自分はそれを共有したい。

 ルアハと一つになりたい。その世界に連れ去って欲しい。


「……ヴェイルさん、」

「——行くか」

 ヴェイルはノーマを連れて立ち上がった。

 落ち着かなくて、今すぐ動かないと気が済まなかった。


 その後。

「——お会計はお済みです」

「え? いや、まだ払ってない。あの席だ」

「はい、先程の銀髪のお客様が」


「……あいつ、三倍も払ったのか。金銭感覚大丈夫か……?」

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