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ドグマ・ルーアッハ  作者: 三科享史
第二章 それぞれの教条
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第18話 既に道は分たれた

「シッ」

「?」

「——ヴ(・)ィ(・)ー(・)ッ⁉ どうしてザロントに!」


 チリンと上品に音が鳴るはずのドアベルが、乱暴にドアを開かれて怒るように鳴り響いた。銀髪に白い追跡者(パーサー)制服。ノーマが顔を青くし、びくりと肩を跳ねさせる。

 イェスタはズカズカと店内を大股で歩いて、ヴェイルを強く抱きしめた。暑苦しいハグではなかったが、その後バンバンと背中を叩いてくるのが鬱陶しい。


「ヴィー、君に会いたかったんだ! よかった……。色々話したいことがあって——」

「はいはい、うるさいな。マックスウェル卿」

「そ……そんな呼び方しなくたっていいだろ、俺たち兄弟なのに。すみませんマスター、俺も二人と同じのを」

「……ノーマ。そっちに座っていい?」

「う、うん。隣にいて……」


 ノーマの側の席はソファになっている。男二人並ぶのは狭苦しいので確認すると、ノーマはヴェイルを小さく手招きしてぎゅっと裾を掴んだ。それから遅れて「兄弟?」と呟いて、全く似ていない、歳が近すぎる二人を見比べた。もちろん兄弟じゃない。

 まさか本当にイェスタと出会すとは。しかも、ノーマが追跡者(パーサー)に対して酷い苦手意識を持った直後に……。


「おまえ、出勤前か?」

「そう、研修生用の宿舎がこのすぐ近くにあって、この通りをまっすぐ行って、大きい交差点の一つ向こうで左に曲がったら協会支部がある。……それより気になってたんだが、その子は?」


 イェスタは、どうもヴェイルに懐いていそうな年若い少女を見て不思議そうに首を傾げた。ヴェイルは適当に、「たまたま助けて仲良くなったんだ」とはぐらかした。「おまえを怖がってる」と付け加えると、イェスタは苦笑して興奮を冷ます。


「いや悪い、本当に驚いたから。元気そうでよかった、不自由してないか?」

「伯爵は優しいよ。本当はそのまま追い出したいくらいだっただろうに、しばらく遊んで暮らせるくらいには支援してくれた」

「優しくなんかない……。——でももしかして、君もずっとうちを出たかったのか?」


 イェスタは拗ねたため息を吐いた後、不安になったようにヴェイルの顔色を窺った。なんだ、らしくない、と不審に思いながらヴェイルはトーストを齧る。


「誰が伯爵家での暮らしを手放したいと思うんだ」

「はは……それはそうか。——戻る気は、ないのか?」

「僕が今不自由してるように見えるか? もう十分だ。伯爵には二度とおまえに関わるなって言われてる。こうやって会ってるのもバレたら、僕はおまえが後悔するまで身包み剥がされて終わりだ」

「……悲しいな。ザロントで出勤しても、スフェーンに帰っても君がいないなんて。協会支部で研修を兼ねて二年間働いたら、その後は戦力の拡散のために個人で他の地域を拠点にできるんだ……そうなったらスフェーンに駐在しようと思ってたんだが」

「おまえ、友達ならいくらでもいるだろ。この間学校に行った時も何人も」

「君は俺にとって特別だったんだ。マナーとか立場とか、そういうもの一切度外視で本気でぶつかれる相手だった」


 確かに、ヴェイルは社交場に立つような貴族としてのイェスタ・マックスウェルをあまり見たことがない(素の振る舞いも貴族じみているのは、ただの育ちの違いというやつだ)。


「——そうだヴィー、まだ追跡者(パーサー)になる気はあるか?」

「っ⁉︎」


 イェスタの何気ない言葉にノーマが怯える。ヴェイルはため息を吐いて首を横に振った。ノーマに気を遣いながらこの話を進めるのは無理だ。


「その件は悪かった。選定の儀までお膳立てしてもらって、挙句おまえだけが追跡者(パーサー)に」

「それなんだが——やっぱり、あの選定の儀は不平等だったかもしれない」


 まだ言ってるのか? とヴェイルは胡乱な視線を向けるが、イェスタは真剣だった。ヴェイルは二枚目のトーストに手をつけた。


「あの後、ナシュタさん——あの時いた追跡者(パーサー)の女性に声をかけられたんだ。選定の儀はちゃんと平等に行われた、って断定したあの人」

「ああ、いたな……」

「その根拠が——君が発症前の罹患者(フォトラビック)だから、って言っていたんだ! 極光結晶が割れたのもそのせいだって」


 ヴェイルは咀嚼する速度を一定にして、努めて動揺を見せないようにした。


「だから君がいなくなって、かなり、いや、めちゃくちゃ心配したんだ……。その上、恐光症(フォトラビア)の原因は精神的なものだって言われて、マックスウェル家の暮らしで何か悪いことがあったんじゃないかと」

「ハハハ。踏んだり蹴ったりだ」

「笑い事じゃない! ……でも本当に、安心した……」


 ヴェイルが罹患したのはイェスタと出会う前、一人で貧民街に転がり込んだ頃のことだ。多分その頃ヴェイルはかなり弱っていて、同じく少しの力しか持たなかったルアハにとって都合のいい宿主だったのだ。だからイェスタは関係がない。


「——イェスタ。もう一度挑戦できるとしても、僕は追跡者(パーサー)にはならない」


 そして真実を知った今、ルアハを守るためには無闇に追跡者(パーサー)には近付けない。

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