第15話 鈍色が闇を映す
活動報告にこれまで描いたヴェイルとルアハのキャラクターデザイン・イラストをまとめて載せたので、ご興味のある方はどうぞご覧ください。Twitter@MSN0500_にもあります(解説はなし)。
追跡協会ザロント支部、ここがイェスタの新しい生活の拠点だ。マックスウェル領スフェーンとザロントは少し離れてはいるものの、共に国を跨る古い交易ルートに貫かれており、元々身近な場所だった。
恐光症はその性質上、同じ地域で「感染」しない。協会支部は人口密度の高い地域に置かれており、その周辺地域をまとめて管轄するようになっていた。東西に長い形をしたハイダール県内に支部は三つしか存在しないため、三分割したときに西側に位置するザロントとスフェーンは共にザロント支部の管轄圏内だったりする(通報は各地教会からも飛んでくる)。
支部の建物は、教会のような宗教性を感じさせつつも飾り気のない外装になっている。宗教施設というよりは、役人の勤め先のような印象だ。
「ん? 何だ、落ち着かない空気だな」
近付いてすぐ、サルティがそう言う。イェスタにその違和感は感じ取れなかったが、言われてみれば確かに、職員たちが緊張しているようにも見えた。
「新しい絶光領域でも確認されたのか?」
「エイデン一等、おかえりなさい。そちらは何もなかったみたいですね、よかった」
「? どういうことだ。他の絶光領域で何か?」
「ええ——そうなんです。皆さんも来てください」
職員に招かれて、サルティ、イェスタ、コルトンと二人はソファに座った。職員は、本部のサインがある手紙を広げて内容を今一度読み直す。不穏な気配に、サルティが足を組んだ。
「本日、ダロンで一件の新規追跡が行われました。アネという少女の絶光領域で、レベルは0」
「0?」
コルトンが驚いたように繰り返した。レベル0といわれるのは、元々罹患者の力が弱い、且つ人間を全く取り込んでいない罹患者の絶光領域だけだ。それは新人だけでも基礎的な知識さえあれば問題がないような危険度で、とても何か異変が起こるような場所ではない……はずだった。
「追跡はジョーディン・フォールコン二等、それから新人のエステル隊員、カピラ隊員によって行われました」
「ジョーディンか」
サルティはその名前を知っているらしく、呼ぶ声には信頼が滲み出ていた。その時点で新人が張り合えるような人物ではなく、レベル0を攻略するには過剰な戦力だということがよく分かる。
一体どんなことが、と想像するが思いつかない。しかし次の言葉で、問題はいたって単純な姿を現した。
「追跡は順調だったのですが——罹患者の目の前に辿り着いた時、銃を持った闖入者が現れ、三人を脅したそうです」
「えっ。銃? 実銃ですか?」
イェスタは思わず声を上げた。職員は頷いた。サルティが息を呑む。
「闖入者は男で、深くフードを被っていて顔はよく分からなかったそうです。男の要求は、罹患者の身柄を渡すことでした。ジョーディン二等はこれを拒否、エステル隊員とカピラ隊員を逃がし……」
「…………」
職員の声は、空気を巻き添えにしてどんどん重たくなっていった。
「二人は増援を呼んで戻りましたが、その時には既に男が罹患者を連れ出しているところだったようです。絶光領域の中に入ると、ジョーディン二等は倒れており……その後、死亡が確認されました」
「——なんだとっ⁉︎」
サルティが立ち上がる。その目は見開かれていて、驚愕と絶望、そして怒りが煮えたぎり、感情の堰が壊れたかのように表情は無かった。
イェスタもまた、唖然としていた。追跡者の殉職者は決して少なくない。しかし……レベル0で、しかも同じ人間によって犠牲になるなんてことは、考えたことがなかった。
「しかし、逃亡した犯人の服が汚れていたのに対し、ジョーディン二等に外傷はなく……死因は闇だと考えられます」
「だとして、その男が原因なのは変わらんだろう? あのジョーディンが! ——普通の状況でただの闇に遅れを取るか!」
サルティは怒鳴り、握った拳をわなわなと震わせた。
「犯人は捕まったんですか」
「それが、取り逃したそうで」
ギリ、とサルティが歯軋りをする。彼女が激怒しているからか、イェスタたちは比較的落ち着いて現実を受け入れられた。
「ダロン支部はこの件について、今後追跡中の武器・防具の装備を推奨する、としています。男の目的は罹患者のみで、男自身は光を使わなかったようなので、今後も罹患者を目当てに追跡者の前に姿を現す可能性があります。各隊員は追跡開始前に尾行者がいないか十分確認せよと」
「そうだろうなあ——そんな男が光の力に恵まれるわけがない」
「武器・防具の装備、ですか……」
イェスタは憂鬱な気持ちになりながら、ヴェイルのことを考えた。
もしヴェイルが恐光症を発症してしまったとして——この犯人の男の狙いは罹患者。今の話では、犯人は罹患者を連れ去ってそのまま行方を眩ましたのだろう。もちろん追跡者の被害も許せないが、その連れ去られた罹患者がもしヴェイルだったら……想像するだけで耐えられない。サルティの怒りがこの体に伝播してきたような感覚がして、ゾッと悪寒が走る。
「……単に罹患者が目的なら、〈マグニスの絶光領域〉には現れんな」
「エイデン一等……?」
その言葉の意味を、イェスタはすぐに理解してしまった。
この人は、犯人とむしろ鉢合わせようとしている。
「——すまない。彼らの教育係はワタシ以外に交代しておいてくれ」




