第14話 止まれない星
「マックスウェル君、キミは光の力は強いんだが、罠を想像するのが苦手だな。今日の動き、〈マグニス〉じゃなきゃ死んでいたぞ。今後も、戦闘力が充分だからと言って一人で突っ走らず、よく先輩の動きを見るように」
サルティ・エイデンはライトグリーンの髪を頭の横で二つに結った小柄な女性で、やけに様になる白の制服姿を除けばキュートな同年代にも見えそうだったが、れっきとした大ベテランの精鋭——一等追跡者である。彼女は今回ほとんどランタンを持っているだけだったのに、その功績は前線に出ていたイェスタよりも確実に上だった。
「はい」
「まあ上出来だ。キミのようなパワータイプは我が隊には不足していたし、他のことは平均程度を目指せばよろしい。しかし、慢心しては平均にも辿り着けないぞ」
「パワータイプ、ですか……」
「なんだ悔しいか? ふふん。追跡者でパワータイプと言ったら、それはもう光の才能だけが取り柄ということだものにゃあ」
彼女は口角をニヤリと上げて馬鹿にするように笑って、〈マグニスの絶光領域〉を囲う立ち入り禁止の柵から出ていった。こういうことを言っても一切不快にさせない、むしろ応援してくれているような雰囲気が彼女にはあった。悔しくはあるが、彼女の言うことは全て正しい。
——マグニスというのは罹患者の名前だ。グインフォー・マグニス、当時四十一歳、男、設計士。
ここはハイダール県で最も有名であり、且つ最大級に広い現存の絶光領域である。
絶光領域は、そのほとんどが発生後二週間以内、まだ力をつけないうちに対処されるが、〈マグニスの絶光領域〉は難攻不落の絶光領域の一つとして知られていた。幸い住宅地から離れた森林地帯に存在するものの、それは恐らく絶光領域を広く作るためだったのだろう。そして恐ろしいのは、〈マグニスの絶光領域〉はその広い地下空間をあらゆる方向へ伸ばし、悪い立地にも関わらず十分に人間を取り込んでいるということだった。
おまけにマグニスの職業が設計士であることも、攻略の難しさに拍車をかけていた。絶光領域の構造とカラクリは複雑で、しかも追跡の最中にも変化する。代わりに闇蟲や致死性の罠が少ないという特徴があるが、それは強敵がいないということを意味するわけでもない。
それでも危険度で言えば低く、この地域ではよく演習に使われる。イェスタはサルティの平然とした説明の声と共に内部の光景を思い出した。ただの暗闇よりも深い闇、狭い通路、闇蟲が待ち構える広間、昇降機のような仕掛けや、唐突に帰路が塞がれ別の道が現れる奇妙さ。
想像と実践は全く違うものだった。今はサルティたちが先導してくれるが、もし自分一人で、あるいは自分がリーダーとなって攻略を進めることになればどうなるかは分からない。
「サルティ先輩」
「ん? 何だ」
「既に攻略が進んでいる絶光領域の情報はどこで閲覧すればよいのでしょうか」
「おお、そうだったそうだった。ワタシとしたことが、資料を渡すのを忘れておった」
「……わざとですね」
「ためになっただろう? 協会に帰れば渡そう」
この人の後輩をするのは大変だな。イェスタはため息を吐きながら、その小さな背中を頼もしく思った。きっと、事前に読むよりも今の方が、資料の内容はしっかり頭に入ってくるだろう。
イェスタも柵から出ると、後ろから疲れ果てた同期の声が聞こえた。
「サルティ先生、イェスタも、待ってくださいよ〜」
——少し肌寒い風が吹く。季節は秋になり、イェスタは一人で追跡者になった。
結局ヴェイルとは、選定の儀以来会えていない。ナシュタ・モットラムの名前を覚えているが、連絡する気にはなれなかった。イェスタはまだ、ヴェイルが罹患者だとは信じきれずにいた。
ヴェイルとて追跡者を志していた身だ。自分の身に異変があれば事態を理解するだろう。願わくば早く会いたいものだが……もう一ヶ月も時間が経ってしまった。もし本当に罹患者なら手遅れのラインだ。しかし、追跡協会の処理完了リストに、ヴェイルの特徴と一致する人物は今のところ載っていない。
恐光症は精神の不調に重なる精神汚染。もしヴェイルが罹患者だとするなら、彼はマックスウェル家にいながら幸せではなかったということだ——。イェスタは何よりそれが悔しかった。彼はイェスタが見つけ、拾い、両親に頭を下げてマックスウェル家の人間にした子供だった。
イェスタにとって彼は初めての、何も気負わず話せる親友だった。だが、彼は違ったのかもしれない。家の仕事をさせられて、呆れるまで一緒に遊んで——。
「——イェスタ様、噂には聞いていましたが、すごかったですね」
協会支部へと帰る道中、声をかけられて振り返る。きりっとした眉の彼はコルトン、ダンヴァーズ男爵令息だ。
追跡者の資格を得るにはそれなりの身分が必要だ——ただしヴェイルが選定の儀を受けられたように明確な基準はない、それは精神的余裕や道徳規範を求める暗黙の了解に基づいている。しかし、追跡者になることは決して栄光を得ることと同義ではない。
追跡者になって改めて実感したが、追跡者は他の職業のコミュニティからは隔絶されていた。一部の修道士や軍人、公務員は理解があるが、それ以外に追跡者への賞賛を口にする者はほとんどいない。尤も、追跡者がいなければどうなるか、理解していないわけではないだろうが。
「ありがとう。でもさっき先生に、光の才能だけが取り柄って言われちゃったよ」
先生、というのはサルティのあだ名だ。最初、ヨハンナを含め複数人が同期だと勘違いしていたのを本人が教官っぽい口調で揶揄った結果、彼女を親しみを込めて「先生」と呼ぶ流れが生まれた(まあ結局、その喋り方は彼女の通常運転だったわけなのだが)。
「イェスタ様の武器とはなかなか相性の悪い絶光領域でしたね」
「そうかもしれない。でも、俺のと相性が良い絶光領域って、つまり大きめの闇蟲が出るところだろ? そんなのは多くない方がいい」
そう言うと、コルトンは意外そうに微笑んだ。
「……イェスタ様は、追跡者の道は途中まで全く考えてなかった、のですよね? 何かきっかけがあったのですか」
「——元々騎士への憧れはあったんだ、うちは騎士の家系だから。それで、恐光症で不幸になった子を見た時……騎士はこの時代にも必要だと思った」
何度も口にしてきたセリフなので、流れるように口から出た。しかし今のイェスタの目標は、それとは少し違うところにある。
可哀想なのは罹患者も同じだ。罹患者は発症した瞬間その身を闇に堕とし、その一生を人間を狙う怪物として終えなければならない。追跡者として、罹患者をなるべく早く葬ること。それが彼らを救う一番の方法なら——。
イェスタは、相手がヴェイルであっても覚悟を決める。
そう、イェスタは追跡者の期待の星だった。
圧倒的な光の力と、騎士の末裔の伯爵令息としての品格もあって、業界の全体から注目を集めている——そういう人物には、模範的な行動が求められる。追跡者として正しい振る舞い。それは自らの仕事に誇りを持ち躊躇しないことだ、と思う。




