第13話 正当な報酬
ヴェイルはひとまず手鏡を置き、眼帯を着け直した。ノーマの言う通り、アネは目を覚まして水に手を伸ばしていた。その純朴な様子を見た感じ、やはり彼女の体からは悪魔が取り除かれたと考えて間違いなさそうだ。
「アネ、よかった……。ねえ、何があったか覚えてる?」
ノーマがそう聞くと、アネは水を嚥下した後、信じられないという様子で頷いた。
「私……、恐光症になったんじゃ……」
「うん。でも、このお兄さんが治してくれたんだよ。えっと……そういえば、名前は?」
「ヴェイルだ。あまり他言しないでくれ」
「————」
アネはヴェイルを見ると一瞬びくりと肩を跳ねさせたが、おずおずと頭を下げて礼をした。
「本当にありがとう、ヴェイルさん。本当に追跡者からアネを救って、恐光症まで治してくれるなんて……っ」
ノーマは言いながら、また込み上げてきた涙をぽろりと流して、「会いたかったよお……!」とアネにしがみついた。アネはその頭に腕を回して、「うん、私も……」と彼女の頭を撫でた。アネは元からこういうぼんやりとした子供のようだった。
「救う結果になるかどうかは分からなかった。僕はただ、恐光症のことが知りたかっただけだ」
「そうなの? ……それでも、助けてくれてありがとう。私が覚えてることなら、何でも話すよ」
「助かる。——じゃあ、前兆はあったか?」
「うん。というより、発症するまでのことしか覚えてないから」
アネはそう前置きして、話し始めた。
「お母さんは……もともと病気だった。でもあの日、急に悪化して……そのまま死んじゃったの。帰ってきたお父さんがそれを見て、怒って出ていっちゃって……。お父さんを追いかけて道に迷った時——」
恐光症の原因は悪魔だ。悪魔であるルアハは穏やかな“永遠の春”の夢の中でヴェイルと接触している。しかし、アネの場合は違うようだった。
「突然、光が怖くなった。何言ってるか分からないかもしれないけど、光に当たってるのが、まるで大量の虫が体じゅうを歩いてるみたいな感覚だったの」
「『恐光』の症状か……」
「うん。その後は、必死で暗い場所を探して……恐光症って分かってたから、いつもの公園を見つけて入った。でも結局怖くて、秘密基地の場所に行って……安心しちゃって、それからは分からない」
「光が怖くなる以外に異変は?」
「なかった……。他のことは、考えられなかったし」
ということは、悪魔は本当にただアネの体を乗っ取っただけということになる。
ルアハはやはり特別なのだ。ヴェイルの状況と恐光症とは、全く別のこととして考えた方がいい。
「——今の話だと、絶光領域を作る場所を決めるまではかなり猶予があるみたいだな」
「うん。夜になってどこも暗くても、一番安心できる場所に辿り着くまで落ち着かなかった」
絶光領域は、本人の家の地下に作られることが一番多いらしい。その理由がよくわかる。
「それで、本当にそれ以外のことは……」
「……ごめんなさい」
「いや、一旦いい。十分収穫はあった」
ヴェイルは椅子に深く座り直した。アネには休む時間が必要だ。
また罹患者を探しに行くことになる。ただ違うのは、今度は追跡者に頼る必要はないということだ。ヴェイルには闇の力があり、悪魔を取り込む能力がある。
「ノーマ。服を繕ってくれるのは助かるけど、あとどのくらいかかる?」
「え? 急いでるの?」
「いや。けど、今夜眠れそうな場所をまだ見つけてないんだ。この辺りは土地勘がないから早めに……」
「なんだ。それなら、うちに泊まって行ってよ!」
ノーマは満面の笑みでそう言った。既視感があると思ったら、イェスタだ。彼もノーマの立場ならそう言っただろう。
「どっちみちアネはこのまま休んでもらうし、アネを助けてくれた旅人さんだって言ったら、お母さんたちも喜ぶよ!」
「そうか。じゃあそうさせてもらう。でも、恐光症のことは言うなよ」
「分かった」
ノーマは明るく言って、幸せそうに大きく頷いた。ヴェイルにその感謝を受け取るつもりはなかったが、大袈裟だとは思わなかった。恐光症はこの日、世界で初めて完璧に治療されたのだから。




