第6話 呪いのヴァイオリン
黒猫のSはいつも私の作業部屋に来ていた。
寝室とは別の離れにあるプレハブで本来は実家の事務所なのだが、私は楽器を弾いたり絵を描くために使っていた。
私のヴァイオリンの腕前があれだったので閉め出された感じである。
黒猫Sは近所のパトロールが終わると、冬はこの部屋のストーブの前の猫ベッドで丸くなるのが日課だった。
猫が成長して手がかからなくなったので、ある日、私はヴァイオリンの練習を再開した。
弾きはじめると猫が叫び出す。
一緒に歌っているのかな?
どの曲が好きだい?
円周率を変換して純正律にすると、とても綺麗な曲になると思わないか?
レスピーギのソナタを再生してる時はなんともないのに、グルックを練習すると叫ぶ。
レスピーギは激情発散型の低音中心、グルックのメロディは高音から高音へ移動する曲。
可聴域が上に広い猫の耳にはヴァイオリンのE線の音が不快なのかもしれない。
タイスの瞑想曲に変えた。
宗教的で美しい歌劇の名曲で、さほど高い音域もない。
Sが肩に登ってきて耳元で叫び続ける。
演奏をやめるまで鳴き止まない。
問題は可聴域ではなかった。
私のヴァイオリンへのクレーム!!
根負けしてヴァイオリンをケースにしまうと、Sは猫ベッドに戻って大きくため息をつく。
こんなに嫌そうなのに、何故わざわざ私の音楽部屋に来るのだろう。
「猫は家につき、犬は人につく」
という言葉があるのを思い出す。
お迎えした当時から彼はこの部屋で育ってきたのだから、彼にしてみれば自宅に押し掛けて煩くしているのは私の方なのかもしれない。
……いや、でもなぜ私が折れる必要が?
猫を締め出そうかと悩んだが、ドアの前で猫が叫ぶと犬に迷惑だ。
結局ヴァイオリンの方を封印した。
黒い猫は散歩に出掛けたまま、しばらく帰って来ていない。
彼がいなくなって数日後の明け方、枕元で彼の首輪の鈴の音とSの鳴き声がした。
戻ってきたんだね。
心配したよ。会えて嬉しいよ。
そう会話した夢を見た。
今、私は音色の優しいガットギターでソルの月光を弾いている。
一緒の時間をもっと大切にすればよかった。
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