第10話 キジトラ猫Eマイナーの受難
秋。
いつものお散歩から、Eマイナーが帰ってこない。
Sの前例がある。
何かあったのかもしれない。
父が探しに行き馬小屋からEマイナーを連れ帰った。
車に跳ねられたらしく左脚が折れていた。
EマイナーはサラブレッドAと仲がいい。
馬の飼い葉桶に横たわっていたそうだ。
近所の動物病院に連れていくと、七十代の獣医師が切り出す。
「これも何かの縁ですから、私に引き取らせて下さい。こちらで治療しますから」
ああ。
この子の怪我は、それほど重篤なのだ。
一般人には払えない額の治療費を請求される可能性がある。
「少し、考えさせて下さい」
獣医師の机には猫の胎児の骨格標本が並んでいる。ホルマリン漬けの標本瓶に、私は言い知れぬ不吉さを感じた。
一度帰宅して家族と相談。
私の一ヶ月分の給料がまるまる無くなるが、左脚の手術を受ける旨を電話で伝えた。
術後。私は目と耳を疑った。
「いやあ、ぼくは脚の切断手術なんかしたこと無くてね。上手くいくか不安だったけど!
ほら、上手く包み込めてるでしょ。骨、ちょっと長いから切っちゃった!」
……そっちか!
自分の技術に自信がなく、失敗したら責任が取れないから引き取ろうとした!
麻酔の効いたEマイナーは目を開けたまま硬直していて、その背中はなぜか謎の茶色い液体でベタベタし、毛が抜け落ちている。
机の小さな骨格標本が目に入る。
「このハゲ……は何ですか?
何のために塗った、何の薬ですかね?」
獣医師は答えなかった。
手術したのは左脚の膝下っぽいところ。
クリスマスチキンに例えるなら持つところと肉の境目辺りだ。
背中をハゲにする理由が不明である。
……まさかとは思うが。
渡していたら何かの実験、手術の練習などに使われたのではあるまいか。
手術してもらって申し訳ないが、そんな疑念が頭をもたげてくる。
「うちでは無理です!」
ひとことそう言ってくれれば他の病院に行ったし、このハゲは出来なかった。
冬の北海道は外気がマイナス十七度になる。
私は反省し、Eマイナーに毛糸のベストを作って着せてやった。
弟二号が着なくなった蛍光マーカーみたいな黄色のセーターの袖をぶったぎり、穴を開けたシンプル仕様だ。
これで暖かいし、雪上でもEマイナーの姿が目立つ。
ひと安心だ。
快復したEマイナーを散歩に送り出す。
即座にカラスに囲まれた!!
……なんということだ。
毛糸のベストがお持ち帰りにちょうどいい、取手の役目を果たしているではないか!
Eマイナーはインドア猫になった。
テーブルの下に隠れて出てこない。
私が心配して覗き込むと大きなため息をつく。
コミュニケーションを図るために足で撫でてやると、外敵に襲われているかのような悲鳴を上げる。
すっかり嫌われてしまった。
給料一ヶ月分出したの誰だと思っている。
結局、Eマイナーのハゲは生涯治らなかった。
Eマイナーは脚がないぶん上腕の筋肉が発達した。
これを境に、重い鎧戸も片手でパアンと叩き開ける逞しい泥棒猫に変貌していくのだ。
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