2.かの有名な婚約破棄
昼の鐘が鳴り、ぞろぞろと生徒達が学園内の食堂へ侍従やメイド達と向かっていく。
それを羨まし気に見つめながら、中庭の誰もいないスペースに座る。
こんなデブスと一緒に食事を食べてくれる心の友なんていない。
学園内では平民という身分どころか、この見た目だけでカースト最底辺だもん。
今日も午前中から疲れたなと一人でぼうっと弁当を広げる。
実家が商いをしているので、昨日の夜の残り物を詰め込んだだけの不健康なメニュー。貧乏なので文句は言えない。
こんなもん食ってるからデブになったんだろと突っ込まれそうだ。
どれだけ食事を減らしても、どれだけ走っても、この体重は一切減らない。呪いなのかも。
一生このままか。まあ仕方ないよね。
こんな容姿じゃ誰も見始めてはくれないだろう。
結婚は無理だろうから、とりあえず天に向かって謝罪。
ごめん親父。孫の顔はみせてやれないや。死んだ母さんには悪いと思ってるけど。
こんなブサメンでもらってくれる上級者なんていないと思「どういう事でしょうか」
女性の声が向こうから聞こえた。
顔をあげると、近くの食堂前には大勢の生徒達の群衆と、その中心に渦中の者である三人がいた。
「どういう事もくそもない!」
大声で怒鳴る男は、この国の第二王子ザァコ・ヤーロウだった。
その隣には、第二王子にもたれかかる庇護欲をそそられるような女がいる。
「お前はこのアバズ・レンダを陰でいじめ、彼女の私物を捨てたり切り刻んだり、階段から突き落としたそうじゃないか!そんな女とは婚約破棄だと言いたいのだ!」
婚約破棄を言い渡された女性はこの国の公爵令嬢だ。
「……はあ……私、その方……アバズ・レンダさん?とは面識ありませんけど」
冷めた目でザァコとアバズを見つめる公爵令嬢。
この二人に対して、前から苦労していたという噂は聞いた事がある。
「っ、嘘をつくな!アバズがそう言っているんだ!なんて可哀想で健気なんだ。ハヤミのせいでこんなに怯えて……」
「ザァコ様ぁ、あたしぃ、怖かったですぅ。ハヤミ様は気に入らないあたしに毎日毎日死ねばいいのにとか言ってきてぇ、鬼の形相でいじめてくるんですぅ。面識がないとか嘘ばっかり言って、あたしぃ、もう我慢できないですぅ!だからどうか罪を認めてくださいませハヤミ様ァ」
うるうる目で、ザァコ第二王子とハヤミと呼ばれた公爵令嬢を交互に見つめる。
あの子、最近王族の周りをうろちょろしてるって噂の子だな。
「潔く罪を認めろ」
傲慢そのものな言い方の第二王子。
第二王子は茶髪のまあまあイケメンではあるが、頭がバカで、側近達からすれば操りやすいと聞いたことがある。
その反面、ハヤミ嬢は芯が強くて、しっかりとした令嬢。色素の薄いシャギーの長い金髪と、赤い瞳が似合っている。
アバズさんは腰までのピンク髪に、フリフリな特大リボンを頭部に付けたメルヘン女という印象だ。
「……はあ……」
ハヤミ嬢がため息一つ。
周囲が騒いでいるのに、ハヤミ嬢は一歩も引かない。
怯えない。媚びない。
ただ、真っ直ぐ立っている。
「証拠はあるのでしょうか」
「証拠?そんなもの、アバズが言っているのだからそうに決まっている!」
「話になりませんね」
呆れて顔を振るハヤミ嬢。
「なんだその偉そうな態度は。アバズの事をいじめた性悪女なくせに!」
「ああん、ハヤミ様ぁ、早く罪を認めてくださいませぇ。ほぉら見てくださーい。あなたに階段から落とされた怪我ですぅ。さっきザァコ様が怪我の個所を裸でぺろぺろしてくれて痛いの痛いの飛んでいきましたけどぉ、でも突き落とすなんてひどいですぅ。ショックですぅ」
おいおい。と、思わず声が出そうになったのを我慢した。
婚約者がいるのに裸でぺろぺろしただなんて普通は引くと思う。
そもそもどう見ても悲劇のヒロインぶっているアバズ・レンダさんも、そのアバズさんの言っている事を証拠もなくあっさり鵜呑みにする第二王子も、頭がおかしいとしか思えない。
仮にそれが本当だとしても、冷静な態度のハヤミ嬢の方が態度で説得力がある。
公衆の面前で婚約破棄なんて、よく見かける女性向けラノベみたいで――――あ。
ラノベという言葉で思い出した。
これも別の世界の記憶――つまり、日本で過ごしていた時の、女子が読んでいた婚約破棄ものラノベそのものじゃないかと、ふと思い出してしまったのだ。
悪役令嬢が婚約破棄されるなんてよくあるパターンなので、驚くより先にこれがかの有名な名場面集かと妙に感慨深くなってしまった。
婚約破棄されるだけまだマシだよねー。
俺なんてこの見た目だから、婚約破棄どころか声すらかけてもらえないよ。
友達にすらなってくれなくて、シカトが基本である。むしろ、キモイでかい怖いって理由で近寄っても来ない。
悲しきかな悲しきかな……と、冗談を言っている場合ではない。
この場には第二王子派の連中ばかりだ。アウェー状態でハヤミ嬢の味方はいなさそう。
放っておけばいい。関係ない。
俺が出て行ったところで、どうにもならない。
でも、ハヤミ嬢の手が、ほんの少しだけ震えていた。
その瞬間、足が勝手に動いていた。
「あのぉ」
場違いな声に全員の視線が集まる。
「証拠もなしに、一人を断罪するんですか?」
一歩、前に出る。
「それ、ただのいじめですよね」
こんな平民のデブスに何ができるんだと思うが、味方のいないハヤミ嬢に助け船くらい出さないと良心が痛む。
あと、この王子に逆らって、たとえ国外追放だとか牢屋に入れられても、元王様と仲のいい父がなんとかしてくれるだろうという保険もある。さすがにいきなり斬り捨てはされないだろう……と、思いたい。
どうせ、俺はもう最底辺だ。
これ以上、落ちる場所なんてない。
「な、なんだ貴様は!化け物か!?」
「あーあんたって有名なデブスって生徒!やぁだ。超でかくて超きんもぉ」
ザァコ王子は驚き、アバズさんが俺の図体を見て嘲笑。わかっていた反応どうも。
「初めましてザァコ殿下、アバズさん。わたくし、ユラ・ハナゾノと申します」
「で、でかい図体をしやがって!平民の醜いデブ女のくせに私に意見するのか!よく話しかけてきたものだ!」
巨体は王子が怯むほどの迫力で少しビビっている。身長もこちらの方が上なので。




