3.ヤマト王太子殿下
「わたくしはモブ同然ですが、そのモブから見て殿下達の言い分は無理があるなと思いまして。ハヤミ嬢がアバズさんをいじめたという証拠もないのですから、彼女だけの言い分を聞くのは公平さに欠けるのではないかと」
「フン!ブサ面の化け物が生意気を言いやがって。たとえそうだろうと俺がイエスと言えばイエスになるのだ!俺様の発言は絶対なのだ!俺は王族だぞ!」
「そぉよぉよ!ザァコ様は偉いんですぅ!そんなデブ平民の意見なんてシカトすればいいんだからぁ」
もはや本性を隠してないアバズさん。まあ、一目瞭然だけど。
「確かにそのデブ平民の言っている事は間違いではないが、我らがザァコ様に意見したのもよくない。だからデブス平民!舐めた口を利くんじゃない!これ以上ザァコ様に意見するなら容赦せんぞ!」
ザァコ王子の側近貴族が睨んだ顔で近づいてくる。
所詮俺は学園の忌み嫌われ者で平民だ。何を言おうが貴族のボンボン達には響かない。
しかし、ハヤミ嬢の濡れ衣の話題からは逸らせただろう。
「私を罪人として縛り上げますか」
「お望み通りそうしてやろうか、化け物平民が」
一触即発になりそうだなと他人事のように見ていると、
「……一体、何を騒いでいる」
声は、低い。
その一言で、場が凍りついた。
誰も動かない。誰も喋らない。
ただ、逆らえないと理解してしまった。
「あ、あなたは……!」
ザァコ王子の側近たちが慌てふためく。
「きゃあ♡ヤマト様だぁ♡本命キタコレ♡マジ超イケメンあたしのものぉ♡」
本命って、魂胆が口から出ていますよ。
「昼休みも静かに落ち着けないのか」
ヤマト王太子殿下は、不愛想だがザァコ王子と違って超まともで誠実だと評判だ。ミルクティーみたいな色の金髪に空色の瞳。
容姿端麗で文武両道。知識も運動も随一。
あまりに優秀で非の打ち所がないので、ザァコ王子が唯一頭があがらない存在だ。
ちょっと性格が腹黒だとか、風の噂で聞いた事があるが、しゃべった事がないのでよく知らない。
「兄上、俺はただこの女と婚約破棄を一刻も早くしたくて、こうしてお昼休みに宣言をば」
「みんな疲れて昼食に集中したい時間帯に、何をやっているんだか。しかも婚約破棄とは……」
ヤマト殿下は無表情で呆れ果てている。
「し、仕方ないんだこれには。本当の好きな相手と出会うと考えも趣味も変わるのです!」
「それ、本気で言ってるのか」
「本気だ!こんな可愛げのない強そうな女とだなんて前々から反吐が出る思いだった!だからこのアバズと出会い、愛を育み、俺は真実の愛に目覚めた。という事でそこのハヤミと婚約破棄し、このアバズと婚約する!」
ザァコ王子は再び高らかに宣言し、しなだれかかっているアバズさんもご満悦。勝利確定顔だ。
「それにそこの不細工な化け物に口答えをされたんだ!魔物か肉まんじゅうか?醜い奴め」
唾を飛ばしながらこちらを指差して罵る。
毎日言われている悪口のレパートリーも、今更聞いても傷つかない。慣れているので。
その時、ヤマト殿下の視線が、ゆっくりと流れる。
ザァコ、アバズ、ハヤミ嬢。
そして――一瞬だけ、こちらに止まった。
ただの一瞬。
なのに、内側まで覗かれた気がした。
「おれが第二王子と知っての発言かしらんが生意気で」
「見苦しいな」
短い一言。
それだけで、ザァコの声が止まった。
「ゆ、優秀な兄上もそう思うだろう。そんな不細工平民が言う事なんて無視して、我が道を通――「見苦しいな」
「お前の事だ、ザァコ」
「へ……」
ヤマト殿下の顔は真顔になっていた。
「お前の気持ちはわかった。婚約破棄の事も、そこの女生徒との事も。この事は父上に伝えておくからしばし待て」
冷めた目のヤマト殿下の顔は、その場の空気を恐ろしく冷えさせた。
その冷えた瞳に耐えられなくなったザァコ王子の側近が、慌ててザァコ王子を回収するようにヤマト殿下に頭を下げて去って行った。
「あ~ん待ってぇザァコ様ぁ!」
アバズさんも遅れて後を追う。
去り際、チラチラと本命のヤマト殿下にも流し目アピール。
しかし、ヤマト殿下はスルーどころか全く見ていなかった。
「災難だったな、ハヤミ嬢」
「ヤマト殿下、ありがとうございます。婚約の事は父とよく話をした上で結論いたします。おそらく婚約破棄になるかと」
「だろうな。愚弟から言い出した事。話が大きくなっている以上、間違いなくそうなると思う。後でこちらとしても全力でフォローする」
ハヤミ嬢とヤマト殿下は、王侯貴族同士で知り合いなのか、気軽に話し合っている。美男美女同士お似合いで場違いだなと去ろうとすると、
「あの」
呼び止められた。
「あなたのお名前をうかがっても?」
「へ……?あ、いや、おれ、いや私は名乗るほどの者ではありませんので」
慌てて踵を返そうとするが、ハヤミ嬢に呼び止められる。
「待って、ください。あなたは先ほど、周りに味方が一人もいない私に代わって矢面に立ってくれました。他人だというのに助けてくれました。心細く思っている中、どれだけ嬉しかったか……」
「あー……いや、成り行きといいますか、通りすがりのお節介といいますか……」
「本当に嬉しかった、です」
にこっと微笑むハヤミ嬢は、絶世の美少女そのもので、思わずドキリとする。
「あ、あうー……そ、それはどういたしまして。お、おれ……よ、用事を思い出しましたのでこれで!」
ハヤミ嬢の微笑にドキドキしつつ、高位貴族と知り合いになると面倒なので、頭を下げつつ早々とその場を後にした。
去り際、ヤマト殿下がもう一度だけこちらを見てきて焦ったが、視線を合わせないように去る。
さっきよりもわずかに長く、測るような目がずっと注がれる。
こっち見ないでほしいなぁ。デブを見ても笑えるだけで面白くないだろ。
今後、関わらない方がいい。ああいう人間は。
俺みたいな存在と関わるべきじゃない。畑違いもいい所。
そう思って、視線を逸らした。
ハヤミ嬢。すっごい美少女な令嬢だったな。
あんな可愛い子、俺が婚約者なら大切にしたのに。
ザァコ王子もよくあんな美少女を蔑ろにできたものだよ。
こんな見た目だから、そんな夢みたいな話はないだろうけど。




