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18話 こんなこと言いたくないけど

「……私、なんですか?」


 全くの予想外と言うように、風松妹の震えた声がくぐもって聞こえる。


「うん、君だ」


 返す安藤の声は対照的に穏やかだ。


「ミフユじゃ、ないんですか?」


「……うん」


 小さな間を置いて頷いた安藤。

 俺は隣を見れなかった。差し込んでくる光が眩しい。


「私、ミフユに勝ったと思えたことなんて……一度も」


「勝ちとか負けとか、そういうのじゃないんだ。言ったでしょ? 俺はずっと前から、ユキカに惹かれてた」


 ……居心地が悪い。本当、なんで俺はこんなところでこんな話を聞かないといけないんだ。

 音を立てないように体勢を変える。

 まだエンドロールは続きそうだ。


「あの日、絵に見惚れてるユキカを見てから俺は、ユキカのことが好きだったんだ」


「……いいん、ですか?」


 ドラマチックなやり取りだ。十年にも渡る大恋愛。その成就が今、遂に行われたのかと思うと他人事としてはおめでたくて仕方ない。


「勿論、というか、俺がお願いしてる側なんだけど……」


「そ、そうでした……ごめんなさい」


 初々しい、手探りの会話。お互いにお互いを大切に思う、恋人一歩手前で、カップルに片足突っ込んだそれ。

 聞いていて胸焼けしそうで、けれど俺はやっぱり居心地の悪さしか感じなかった。多分この先、機会があっても他人の告白シーンとか居合わせない方が身のためだと思う。


「返事、聞かせてくれないかな?」


「……はい、はいっ。――私で良ければ、喜んで」


 こうして、昔から付かず離れず一緒にいた二人の幼馴染は結ばれた。エンドロールは流れ終わって、エンディングも丁度途切れた。

 ここからエピローグが始まるか、それとも締めとしてキスシーンでも映るのか。後者かなぁと俺は思う。


 流石にこれ以上ここにいるようなら離れようかと思っていたら、風松は俺を横から押した。どうやら用は済んだらしい。


「……はいはい」


 まだ顔を見せようともしない風松は腕で顔を押さえながら俺をぐいぐい押す。もうお腹いっぱいとでも言いたげだ。

 音を立てないように俺たちは美術室から離れた。


 ……さて、これからどうしたもんか。

 正直、あんな一幕を見てしまった後に勉強とかする気になれない。気が重い。

 それに、隣が隣だ。


「……っ……っぐ」


 小さく、蚊の鳴くような嗚咽が隣から聞こえた。

 部活盛りの我が校には放課後あまり生徒がたむろしないのは一つの救いだ。見られていたら、俺にあらぬ嫌疑がかけられる可能性があった。


「おい、風松――」


「っ! よ、かったね! 上手くいって!」


 それでいいのかと言いかけて、やめた。

 その答えは風松の中に確かにあるはずで、それを押し留めてまで建前を言ったのは他でもない風松だからだ。追及は野暮である。


「そうだな」


「ちょっと座りたいからさ! 空き教室戻ろうよ!」


「そうだな」


 お腹から出した大きな声は、吹奏楽部のトランペットに負けない。

 逆に言えば、そうでもしないとかき消せない何かが風松にはまだ溜まっている。


 戻った空き教室でも、風松は大きな声を出した。


「いやぁ、ありがとね花野君! その、返事まで、は! ちゃんと確認したかったんだ!」


「まぁ、いいよ。暇だったし」


 空き教室にいたのは驚いたけども。

 向かいに座った風松は、もう顔を隠さない。


「お昼に呼ばれてさ! 『ごめん』って! 『気持ちには応えられない』って!」


「それ、俺に言っていいのか?」


「誰かには言いたいの! それに花野君、多分分かってたでしょ?」


 まだ湿り気を残したサファイヤの瞳が、少し細まって俺を見た。

 気まずくてそっぽを向く。もう答えを言ってるようなものだ。


「やっぱりね」


「悪かったよ。言わなくて」


「ううん、いいの。言えないよ、そんなこと」


 俯く風松。

 俺はその姿に、罪悪感しか湧いてこなかった。


「こんなこと言いたくないけど。お前だって、何となく分かってたんじゃないのか?」


 ……言ってしまった。

 胸にしまっておこうと思ったのに、気付いたら口からはみ出ていた。


 恐る恐る視線を戻すと、目元を真っ赤に腫らしてぐちゃぐちゃになった顔で、それでも笑った美少女がいた。


「うん! そりゃあ分かるでしょ! だって幼馴染だよ?」


「……だから先延ばしにするようなこと言ったのか?」


「そんな感じかもね、分かんない。会いたかったし、好きだし、望み薄でもまだワンチャンに賭けたかった。でも、やっぱり怖かったんだよ」


 机に顎を乗せた風松は、上目遣いで窓の外を見た。


「分かっちゃったから、分かってるから怖かったの」


「俺、余計なことしたんだな」


「リクの絵が描き終わるって教えてくれたこと? それともまだチャンスはあるって言ったこと? どっちも気にしなくていいよ。いつまでもなぁなぁにはできないことだったし、むしろ丁度よかったと思ってる」


 そう言って、また顔を合わせなくなった風松に、どこか昨日の風松妹と同じものを感じた。

 お互いにお互いが大事で、双子の姉妹っていう切っても切り離せない関係。だからこそ魅力を知り尽くしていて、仮に選ばれなくても納得感がある状態。


 双子の片割れである風松妹が身を引く思いを固めていたなら、当然もう片方の風松だって同じはずだ。

 そして、妹よりも姉は、ほんの少しだけ諦めがついていた。


「一応オッケーだった時のことも考えてオシャレ頑張ったんだけどなー」


 泣いてぐしゃぐしゃになって台無しなことを自覚しているのだろう風松は、力なく笑った。

 無駄になっちゃった、と。


「あーあ、これで終わりかぁ」


 その言葉で限界だった。

 俺ではない。風松のだ。


「おわ、っ、りかぁ」


 自分で自分の恋に幕を引いてしまった女の子は、積み上げてきた十年の終止符に耐えられるほど強くない。

 結ばれた恋があるように、結ばれなかった恋だってある。残酷な話だ。


 口の中にまた広がったほろ苦さに、俺は立ち上がる。


「なんか飲み物、買ってくる。何がいい?」


「……コンポタ」


 ハマったらしい。


「分かった。……どのくらい、いなくなればいい?」


「十分」


「了解」


 俺は財布だけ持って足早に教室を後にした。

 後ろから小さく聞こえてきた泣き声は、聞かなかったことにしよう。


 中庭近くの自販機で注文通りにコンポタと、ついでに自分用にコーヒーも買う。ホットだ。

 吐き出した自販機の口から温かい缶を二つ回収して身体を起こしたら、また光が差した。

 十分までは少し時間がある。

 肌寒い外を適当にぶらつきながら、缶二つの温かさだけを頼りに凌ぐことにした。


 風松は、一つの恋愛を終えた。

 それはもう、俺には想像も付かないような大きな感情を大人みたいに隅にしまって、表面上は終えたのだ。


 十分間、一人になって。誰にも見られずにその悲しみをぶちまけて。それだけでスッキリするとは到底思えない。

 だって、自分が信じていた幼馴染の勝利を崩さないまま、納得すらある相手に道を譲ったのだ。こんな綺麗な負け方、そうはない。ダメージは測り知れないだろう。


「寒い……」


 流石に外で時間を潰すのは馬鹿だったか。でも校舎に入る気にもなれなかった。

 願わくば、早く風松に新しく春が来ればいいのだが。


 俺はそんなことを考えながら、ゆっくり校舎へと戻った。

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