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19話 さっさと春になってはくれないものか

「おかえり、遅かったね」


「遅い分にはいいだろ」


 扉を開けた先で待っていた風松に文句を言われた。解せない。


「女の子を待たせちゃダメなんだよ?」


「はいはい、それは悪かったな」


「傷心中の女の子なんてワレモノなんだから、もっと丁寧に扱ってほしいなぁ」


 俺には難しい相談だ。目元も鼻も真っ赤でぐしゃぐしゃ。丁寧になんて言うが、そもそも触れていいのかすら分からない。

 ワレモノどころか壊れていそうな危うさしか、そういうことに経験のない俺には感じられなかった。


「次の機会があったら考える。ほら」


 とりあえず、これまで(たかが二日三日だが)通りの接し方をする以外に選択肢はなかった。

 若干冷めたコンポタ缶を受け取った風松は間髪入れずにプルタブを開けて中身を飲んだ。前回の反省を活かしていないのか一気である。


「あったかい。……っていうか、ちょっとぬるい」


「そりゃ外で待ってたからな」


「ギリギリで買えば良かったじゃん」


 ……それは確かに。


「……悪い」


「別に責めてるわけじゃないよ。また口の中火傷するのも嫌だったし。そこまで気を回してくれたってことにしといてあげる、不器用な花野君」


 にたりと笑った風松。俺はコーヒーを口の中に流し込んだ。


「ぬるいな、確かに」


「でしょ?」


「そこも、次の機会があれば考えることにする」


「もう二度とごめんだけどねぇ」


 自分で言うのか。

 まぁ、それもそうだ。


「お前、どうするんだ?」


「うーん、ユキカには『今日は遅くまで帰らない』って伝えてあるから、適当に時間潰そうかなぁって」


 缶を傾け、残った内容物まで余さず飲もうとする風松はそう言った。


「いや、そうじゃなくて。安藤とかと」


「それ今聞く?」


「今決めなかったら気まずくなるのお前だろ」


「……どうもないでしょ」


 一瞬美術室がある方向を見て、何かに思いを馳せるように目を細める。


「幼馴染のまま。別にこれまでと変わらないままだよ」


「そうか」


 何を言いたいのか、自分で聞いておいてよく分からなくなった。

 失恋はおろか、恋愛経験すらしたことがないというのが身に染みる。励ましの一つでも言えるやつがモテるのだろう。


「これからかぁ。どうしようね?」


 俺に聞くなよ。返答に困ったやつしかしない返事しただろ今。

 ……そういえば。


「あの話、どうなるんだ?」


「どの話?」


「俺とナツキをどうこうってやつ」


 あえてボカした。自分の口から言うようなことではない。

 すると風松はポコンと缶を叩いた。気の抜ける閃き音だ。


「そうじゃん」


 サファイヤの瞳が俄かに輝き出す。

 先ほどまでの落ち込みようと、失恋直後のノスタルジックな表情はどこへやら。

 そこにいたのは、俺の中で一番印象にある風松という少女だった。


「そうじゃん、それがあったじゃんっ!」


 どうやら俺はいらない藪をつついたらしい。


「……あー、安藤と話す前にそれをするって話だったし、当初のゴールが達成された今、白紙に戻るってことでいいよな?」


「なぁに言ってるの花野君っ! そんな甘いこと世間じゃ通用しないんだよっ!」


 甘いことを言っていたようだ。

 コーヒーで流せないものかと思ったが、いつの間にやらコーヒーは底をついていた。


「こうなったらもうそっちに力を入れるしかないねっ! 続行だよ続行っ!」


「無理にする必要はないと思うんだ。風松だって大変だっただろうし」


「お忘れかな? 幼馴染が最強理論は証明されたんだよ?」


 風松の存在が微妙にノイズだろ、理論が証明されたにしては。幼馴染が勝つ代わりに幼馴染が負けたんだぞ。例外だ、ノーカウント。


「ということはっ! 花野君とナツキちゃんだって付き合えるし、付き合うべきだしっ! 私がその恋のキューピットになるよっ!」


「結構です」


「遠慮しないでいいからねっ!」


「いや本当、間に合ってるんで」


「間に合わせるから任せてっ!」


 駄目だ、聞く耳持たないってこいつのことだ。そういうタイプのお節介焼きだ。

 俺は後悔した。変なこと言わなければさっきまでの湿っぽい雰囲気のまま終われていたのかもしれない。

 湧いてしまった罪悪感が口を滑らせた。


「絶対、幼馴染は付き合うべきだよっ!」


 藪をつついて出てきたのは、鬼でも蛇でもなく、幼馴染だった。


「私が言うんだから間違いないのっ!」


「自分で言ってて悲しくならないか、それ?」


「……今、現実逃避してるんだよね実はっ!」


「俺をそれに巻き込むなよ」


「それはそれ、これはこれっ!」


 トランペットにも負けない声量が空き教室に響き渡る。なるほど、風松が大声を出す時って何かに耐えかねた時なのかもしれない。

 そんな、新しくて今後参考にもしたくない知見を得た俺はため息を吐いた。


 夕日が差し込む教室で白銀を輝かせる、今失恋真っ只中の残念な美少女と、それに絡まれる俺。

 少し前まで考えもしなかった組み合わせだ。

 だが、俺の中にある一つの思いは変わることなく、むしろ強くなっていた。


 ――……やっぱり、幼馴染というのはロクなものじゃない。


「……早くお前に春が来てほしいよ」


 聞こえないように言ったぼやきに、風松は首を傾げた。


「とりあえず時間ギリギリまで作戦会議と行こうっ! まずはそうだなぁ、好みの髪型とかっ!」


「そういえば風松、髪切った?」


「え、あ、うん」


 話を逸らしたくて適当に言ったら当たっていたらしい。

 ちょっと呆けた顔をした風松は、その後すぐに気安く俺の肩に手を置いた。


「花野君」


「何?」


「そういうのはナツキちゃん相手に言わないと意味ないんだよ?」


「……はいはい、そうですね」


 何故だか窘められた。


「しょうがないなぁ、予定変更してナツキちゃんにかけてあげてほしい言葉から教えちゃおうっ! ノートにキチンと書き写しておくようにっ!」


 立ち上がった風松が黒板に向かい、チョークを取り出した。


「いや、大丈夫だから」


「そこっ、私語厳禁!」


 ノリノリじゃねぇか、こいつ。


 ちょっと肌寒い校舎に響くトランペットに、黒板がチョークに叩かれる音と女子の声が混じり始める。

 九月も後半。短い秋は徐々に深くなっていく。


 ……本当、さっさと春になってはくれないものか。


 さっさと温かくなってもらいたいものだが、どうやら目の前の少女の季節はここから長い冬に入ってしまいそうであった。

以上っ! 一旦終わりっ!

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