16話 それは向こうも同じなんだよなぁ
「ブロックされた場合、された側が解除する方法はありません……」
スマホに表示されたその文言に、俺は目を細めた。
「まぁ、いいか」
昨日、風松とやり取りしてた俺はどうやらワードチョイスをミスったようでブロックされていた。ぶっちゃけ困ることではない。
日曜日である今日も今日とて、朝から高校に足を運んでいる俺は休憩時間を取っていた。
図書室から少し歩いたところにあるちょっとした休憩スペースに腰掛け、肌寒い中で窓から差してくる太陽の温かさでぬくぬくしている。
「どうなるんだか」
明日が憂鬱だ。
今日も美術室で作品に取り掛かっているのだろう安藤が一週間の開始早々に何をするのか、気が気でない。
結果によっては、俺に被害が出る可能性もあるのだから尚更だ。
……なんて、俺がここでうんうん悩んでいるのも変な話なのだ。
本当なら、思っていたより早い決着になりそうなことを喜ぶべきなのだろうが。何となく、気持ち的に難しい部分があった。
揃いも揃って、俺に相談なんぞしてこないでほしい。恋愛経験なんてありもしないんだぞ、こちとら。
「……それは向こうも同じなんだよなぁ」
思わず頭を抱える。
幼馴染、つまりは幼少期からの恋。口ぶりからして五歳からの十年もの。
その間、一途に想い続けているのだとしたらいっそのこと執念だ。俺にはできそうもない。
そんな大恋愛が、ようやく実を結ぼうとしている。
その結末が何となく見えてしまっているモブの存在さえなければ、きっと皆ハラハラしながら続きを捲れるはずだ。
本当、俺さえいなければ。
「花野君? 今日も勉強ですか?」
「……どうも」
風松妹と偶然出会った。気まずいけど会釈する。
『今日も』はこっちのセリフだ。何しにきたんだこの女子は。
「勉強というか、ナツキの付き添いのついでというか」
この話は、昨日安藤にもしている。俺は同じことしか話さないモブにでもなったのだろうか。
風松姉妹と安藤が主要人物なのは大いに認めるところだが。
「そっちこそ、今日は何しに来たんだ?」
「お見通しです……よね」
風松妹が長いまつ毛を伏せた。「失礼します」と言って隣に座ってくる。
姉と違って控えめでお行儀の良い座り方だ。距離も近くない。
「美術室を、見てきました。リクは、私には気付きませんでしたけど」
「昨日もいたな」
「はい、用件は同じです」
「……絵、好きなのか?」
いつぞやに躊躇った質問を、思わずしてしまう。言ってすぐにちょっと後悔した。
「父の影響で、絵は好きです。エドヴァルド・ムンクとか、カール・ラーションとか、生まれの影響で北欧系が特に。どの画家さんも好きなんですけれどね」
「へぇ。安藤が描いてるのってそういう系なのか?」
ムンクは知ってるが、もう一人は分からない。
安藤は口を開けてにょろにょろしてる人を描いてるのだろうか。
「どうなんでしょう。そこまでは……違うものに、目が行ってしまって」
「違うもの?」
「花野君は、もう分かっているんじゃないですか?」
大人しく、慎ましやかな少女が微笑んで俺を見た。
言い当てられてびくっとする。
「……まぁ、何となくは」
「はい、私はリクが好きです。子どもの時から、ずっと」
「それ、俺に言って良かったのか?」
「今更隠すことでもありません。もう告白もしました。返事は……待たされていますが」
案の定だ。悪い予感はこういう時に限って当たる。
「でも、それでもいいんです。右も左も分からない私たちを助けてくれた男の子に想いを打ち明けられただけで……意識してくれるだけで胸がいっぱいになります。十年もかかっちゃいましたけどね」
「この状態で満足ってことか?」
「いいえ。でも、結果がどうあれ納得はできると思います。ミフユは可愛いですから」
俺が何も言えずにいると、風松妹はさらに口を開く。
「想像できないかもしれませんが、ミフユって昔は引っ込み思案だったんです。私と一緒に人見知りしてました。今みたいに誰とでも話せる、眩しい女の子じゃなかったんですよ」
「あんまり想像できないな」
「ですよね。私は結局……ミフユみたいな女の子にはなれませんでした」
言葉に詰まったのは劣等感。俺も覚えがある、身近な人との差。
あぁ、嫌だなと思った。
「風松……姉の方が、安藤と付き合えばいいとか思ってるのか?」
「…………はい」
長い長い沈黙の後に、風松妹は小さく頷いた。
「いつも、ミフユの後を追いかけてきました。ミフユがリクに振り向いてもらえるようにした努力を、自分も真似して。私のお手本は、いつだってミフユだったんです」
「だから、勝てないって?」
俺は何を言っているんだろう。
別に、俺とナツキの関係性と完全に被ってるわけでもないのに。
何となく、モヤモヤが膨れて口から漏れた。
「そんなの、やってみないと分かんないだろ。だから告白したんじゃないのかよ」
「……その、はずだったんですけどね。やっぱり、考えることって双子一緒なんです。その後、ミフユも告白したみたいです」
見てたのか。あの中庭の一件を。
いや、俺しか目撃者がいないなんて思ってはなかったけど。
「追い抜けたのは、ちょっとだけでした。敵わないなって、思っちゃいました」
「どっちが勝つかは分かんないだろ」
「だから、どっちが勝ってもいいように、今から心積もりをしているんです」
それだけ言うと、風松妹は立ち上がる。
白銀の髪が揺れる。サファイヤ色の輝きはくすんでいるように思えた。
「ごめんなさい、急にこんな話。でも……話せる人が花野君しかいなかったんです」
「人選は間違えてると思う」
「そうですか? 案外話しやすかったですよ」
「そりゃどうも」
笑った風松妹がくるりと身を翻した。
もう話すこともないようだ。俺としても、これ以上続くようなら困り散らかすところだった。
「じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
去っていく背中に、ふと思う。
風松姉妹は俺とナツキ以上に生まれた時から一緒だった。血の繋がった似た者同士。
俺が幼馴染なんてロクでもないと考えているように。双子も案外、ロクでもないのかもしれない。
兄弟すらいない俺にはピンと来ないが。
やはり時間の積み重ねは良いことばかりではないんじゃないかと思わざるを得なかった。
積極的に関わろうともしていないのに、気付いたら巻き込まれていく負のスパイラルのせいで俺の明日へのモチベーションがグンと下がったのは言うまでもない。




