第196話:拒絶の美学
目の前で脈打つ、時空エネルギーの結晶。それに触れれば、人間としての限界を超え、エイミーと同じ悠久の時を手に入れられる。
だが、大介は不敵に、いつもの「能天気な社長」の笑みを浮かべた。
「……悪いな。俺は『安売り』と『裏口入学』が大嫌いなんだ」
大介は、若返りの光を掴むのではなく、その輝きの中心に「剛力甲・不動 改」の右拳を叩き込んだ。
「俺は、俺としてあいつと生きたいんだ。シワが増えても、腹が出ても、あの日あいつを救った佐藤大介のままでな!」
砕け散った黄金の結晶が、激しい光の粒子となって空間に霧散する。
大介はその莫大なエネルギーを自分に取り込むことを明確に拒絶した。
代わりに、スーツのOSを全速で走らせ、霧散するエネルギーを無理やり一つの方向へ束ねていく。
「リリー! 佐藤! 通信を繋げろ! 今からこの『若返りの余りカス』を全部、ポータルの修復回路に叩き込む! 制御はそっちに任せたぞ!」
大介が自らの「若さ」を担保に差し出したエネルギーが、崩壊しつつあったポータルの深淵へと流れ込んでいく。
それは、自分の未来を買い取るための資金を、仲間たちが帰る道を作るための「修繕費」として一括投入するような、大介らしい豪快で身勝手な決断だった。
『ダイスケ、あなた……! 本気なの!? それを使えば、あなたは……』
リリーの驚愕の声に、大介はバイザー越しに空を見上げた。
「リリー、ビジネスの基本を忘れたか? 目先の私服を肥やすより、インフラ(ポータル)を整える方が、長期的には『得』なんだよ。……俺がいなくなった後も、リディアトレードが続いて、エイミーが独りにならないためのな!」
逆流していた魔力の奔流が、黄金の光に導かれるようにして収束していく。
侵食されていた双葉荘の原生林が砂のように崩れ、次元の亀裂がゆっくりと閉じていく。
大介のスーツは過負荷で各所から火花を吹き、システムはダウン寸前だった。
だが、彼の胸にある焦燥は、不思議なほどに消えていた。
若返ることを捨てた。
それは、いつか必ず訪れるエイミーとの「死別」を受け入れるということ。
だが、その一瞬の命を燃やして、彼女の生きる世界を完璧に整える。
それが、戸田大介という男が選んだ、最高に贅沢で、最高に傲慢な「愛の形」だった。
「……あーあ。これで当分、定年退職はお預けだな」
闇に沈む特異点の中で、大介は満足げに目を閉じた。
世界が再び、正しい均衡を取り戻そうとしていた。




