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第194話:差し出された「黄金の果実」


 特異点の中心に、それは不気味なほど美しく鎮座していた。


 ポータルの崩壊エネルギーが、偶然にも「時間退行」の理論値と共鳴し、奇跡的に結晶化した純粋な時空エネルギー。


リリーが警告した「記憶の初期化」というバグを、ポータル自体の安定機能が相殺している。


 これに触れれば、副作用なしで肉体は全盛期に戻り、エイミーと同じ時を、何十年も、あるいはそれ以上も共に歩める。


「……これさえあれば」


 大介の指先が、その黄金の輝きに吸い寄せられる。


 脳裏をよぎるのは、先ほど見た「未来」の光景。自分がいなくなり、たった一人で写真を眺めるエイミー。


彼女の瞳にあった、あの絶望的なまでに透き通った孤独。


(俺が若返れば、あいつは泣かなくて済む。俺たちは、ずっと二人でいられる。……仕組みも、金も、もう必要ねえ。この光一つで、運命を上書きできるんだ)


 大介の表層にあった「能天気な社長」の仮面が剥がれ落ち、中層に潜んでいた「死」への恐怖と、深層にある「エイミーへの執着」が剥き出しになる。

 

 だが、その手が光に触れる直前、大介の耳に、時空のノイズを突き抜けて届く声があった。


 それは、現実世界でポータルを必死に支え続けている、仲間たちの声だった。


『ダイスケ! 応答しろ! エネルギーが逆流してるぞ、このままだとお前ごと消滅する!』

 ――ガルガンの、魂を削るような叫び。


『大介さん……お願い、戻ってきて……! 私の計算なんて、全部間違ってていいから!』

 ――リリーの、涙に濡れた祈り。


 そして。


『大介さん!!』


 エイミーの、喉を枯らさんばかりの叫びが、特異点の静寂を切り裂いた。


 その声は、若返りを求める大介を肯定するものではなく、ただひたすらに、今、この瞬間を必死に生きている「戸田大介」を呼び戻そうとする叫びだった。


 大介の動きが止まる。


 目の前の「黄金の果実」は、かつて自分が倒産で失った「完璧な未来」を約束しているように見えた。


 だが、その時、大介は気づいた。


 この光に手を伸ばすことは、自分を信じて、老いていく自分すらも愛そうとしているエイミーの覚悟を、侮辱することではないのか。


「……俺は」


 光を掴もうとしていた大介の手が、ゆっくりと握りしめられ、拳に変わる。


 若返りという甘美な誘惑を前に、大介は人生最大の「取引」に挑もうとしていた。

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