第193話:特異点(シンギュラリティ)の中の孤独
「――大介さん! 応答して、大介!!」
通信機から聞こえるエイミーの悲鳴が、ノイズと共に遠ざかっていく。
ポータルの核へと手を伸ばした瞬間、大介を包み込んだのは爆発的な衝撃ではなく、鼓動さえ止まったかのような「完全な静寂」だった。
そこは、過去と未来、そして無数の可能性が濁流のように渦巻く、時空の特異点。
「剛力甲・不動 改」の装甲が剥がれ落ち、生身に近い状態で漂う大介の目の前に、奇妙な「窓」が現れた。
一つの窓には、十数年前の自分が映っていた。
倒産した事務所の床に座り込み、差し押さえの赤札が貼られた備品の中で、空になった通帳を見つめて絶望する、若き日の戸田大介。
「……ああ、そうだったな。あの時、俺は世界が終わったと思ってた」
大介は苦く笑った。その弱々しく、守るべきものをすべて失った男の姿は、今の傲慢なまでの自信に満ちた自分とは対極にある。
だが、隣に現れたもう一つの窓を見た瞬間、大介の呼吸が止まった。
そこにあったのは、数十年後……あるいは数百年後の未来。
場所は、現代の新宿でもリディアでもない、二つの世界が完全に融合した見知らぬ都市。
その公園のベンチに、今と変わらぬ姿のエイミーが、独りで座っていた。
彼女の隣には、誰もいない。
彼女は、色褪せた一枚の写真を見つめていた。
それは、若き日の自分とエイミーが、双葉荘の前で笑っている、あの日の写真だった。
エイミーは泣いていなかった。だが、その瞳に宿る、銀河のように深い「孤独」の色。
彼女は、過ぎ去った一瞬の愛を反芻しながら、永遠に近い時間をただ消化しているように見えた。
『大介さん……。今日は、空がとても青いですわ』
窓の中から、エイミーの呟きが聞こえた気がした。
それは、自分が死んだ後、何百年も彼女を縛り続ける「愛」という名の呪いの正体だった。
「……これか。俺が、一番恐れていたのは」
過去の絶望と、未来の孤独。
特異点の中心で、大介は自分がいかに「今」という瞬間にしがみつき、未来を恐れていたかを突きつけられる。
その時、暗黒の空間の奥底から、眩いばかりの黄金の光が漏れ出した。
それは、修復の過程で偶然にも露出した、時空エネルギーの結晶。
これに触れれば、記憶を失う副作用なく「若返り」が果たされるかもしれない。
大介は、未来のエイミーから目を逸らし、その光へとゆっくりと手を伸ばした。




