第191話:崩壊する均衡(バランス)
大介が「記憶の砂時計」という残酷な二択に沈んでいたその時、本社ビルを激しい震動が襲った。
「代表! 双葉荘の観測班より緊急連絡! 空間の固定強度が急落、ポータルが『逆流』を始めています!」
佐藤の悲鳴に近い報告が大介を現実に引き戻した。
急ぎモニターを切り替えると、そこには信じがたい光景が映し出されていた。ポータルの起点であるアパート「双葉荘」の周辺で、アスファルトを突き破ってリディア特有の巨大な原生林が急速に膨れ上がり、現代日本の住宅街を飲み込み始めていたのだ。
「馬鹿な……。二つの世界の均衡が崩れてやがる」
大介は即座に現場へ急行した。
双葉荘の周囲は、すでにリディアの濃密な魔力霧に覆われていた。
かつての穏やかな下宿先は、異世界の植物と地球の鉄筋コンクリートが混じり合う、悪夢のような光景に変貌している。
「ダイスケ! 交差ダンジョンの核が不安定よ。このままでは魔力の奔流が爆発して、この街ごとリディアの次元に吸い込まれるわ!」
リリーが宙に浮かび、必死に抑制の魔法陣を展開しているが、その顔はこれまでにないほど青ざめていた。
隣ではガルガンが、現実世界に実体化し始めたリディアの魔物を、咆哮と共に斧で薙ぎ払っている。
このポータルの崩壊は、単なる物理的な破壊を意味しない。
リディアトレードが築き上げた経済圏の崩壊、そして何より、リディアから来たセレナ、リリー、ガルガンたちが、二度と自分の故郷に帰れなくなることを意味していた。
「……俺が、余計な干渉をしたせいか?」
大介は、研究区画で行っていた「時間退行」の実験が、ポータルの時空構造に負荷をかけた可能性を直感した。
自分のエゴが、皆の居場所を壊そうとしている。
「エイミー、下がってろ! ここは危険だ!」
「嫌ですわ! 大介さんが行くなら、私も行きます! 私たちが始めたことでしょう!?」
エイミーは、震える足で大介の隣に立ち、杖を構えた。
その時、ポータルの中心部から、次元の亀裂が走るような不気味な音が響き渡る。
世界を繋ぐ絆が、今、最悪の形で牙を剥こうとしていた。




