第190話:若返りの代償、記憶の砂時計
「……できた。ついに、繋がったぞ」
研究区画のモニターに、黄金色の螺旋構造が完成を告げる。
ポータルの時空歪曲エネルギーを肉体に固定し、細胞の時計を強制的に逆転させる魔道具。
大介が私財と執念を投じ、リリーの魔導知識を極限まで絞り出した「若返り」の理論モデルだ。
だが、そのシミュレーション結果の最下部に赤く点滅する一行を見た瞬間、大介の思考は凍りついた。
「ダイスケ……。これが、私たちが触れてはいけなかった『代償』の正体よ」
いつの間にか背後に立っていたリリーが、震える声で告げる。彼女の指が、モニターの警告文をなぞった。
「肉体の時間を巻き戻すということは、その肉体が刻んできた『脳の記録』も物理的に巻き戻るということ……。30歳の大介が20歳に戻れば、あなたの脳は10年前の状態に初期化される」
大介の喉が、引きつった音を立てた。結局、ポータル初号機と同じ欠点は克服できなかったということだ。
「若返れば、エイミーと過ごしたこの一年の記憶も、彼女を救ったあの日も、共に歩んだ日々も……すべて消えるっていうのか?」
「……そう。あなたの身体は若く、健康になる。けれど、あなたの隣で泣いているエイミーを見ても、あなたは彼女が誰なのか、なぜ自分がここにいるのかすら分からない『他人』になるわ。……それは本当に、あなたの望んだ『隣に居続ける未来』なの?」
大介はデスクに両手をつき、激しく葛藤した。
若返れば、エイミーと同じ時間を、より長く、健やかに歩むことができる。
しかし、その時、自分は彼女を愛した「戸田大介」ではない。
このまま老いれば、記憶は残る。愛は残る。けれど、すぐに終わりが訪れ、彼女を途方もない孤独の中に置き去りにすることになる。
「愛」を忘れて、長い時間を共に過ごす「器」となるか。
「愛」を抱いて、一瞬の火花のように彼女の前から消え去るか。
究極の二択を突きつけられた大介の前に、一通の通知が届いた。
「代表! 大変です! 交差ダンジョン内のポータルに異常発生! 魔力供給が逆流しています!」
佐藤の悲鳴のような通信が、沈黙を切り裂いた。
自らの運命に悩む間もなく、二つの世界を繋ぐ「均衡」が、音を立てて崩れ始めていた。




