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第186話:ビジネスの限界


 リディアの王都近郊にある、リディアトレードが購入した最高級の療養施設。


その一室で、リリーの母親は穏やかな寝息を立てていた。


「バイタル、完全に安定。魂の浸食痕も消えています。……成功ですわ、大介さん」


 エイミーが安堵の吐息とともに報告する。


リリーは母親の手を握りしめたまま、言葉にならない嗚咽を漏らしていた。


地球の最新薬品と、リリー自身が開発した魔力循環術式。その融合が、リディアの常識では「不治」とされた絶望を打ち破ったのだ。


「がっはっは! 見ろ、ダイスケ! 金と知恵があれば、運命ってやつも案外チョロいもんだな!」


 ガルガンが豪快に大介の背中を叩く。


大介もまた、かつて会社を潰した際、何一つ守れなかった無力な自分をようやく葬り去ることができたような、晴れやかな達成感に包まれていた。


(そうだ。ビジネスは、救うためにある。仕組みさえあれば、奇跡だって量産できるんだ)


 大介は満足げに頷き、回診を終えたばかりの地球側医療チームの責任者、山城医師を部屋の外へ呼び出した。


「山城先生、感謝します。これでリリーの母親も、あと何十年かは元気に過ごせますよね?」


 大介の明るい問いかけに対し、山城医師はすぐには答えなかった。


彼は眼鏡の縁を直し、廊下の窓から見えるリディアの沈みゆく夕日を眺め、静かに、そしてあまりに事務的なトーンで告げた。


「代表。勘違いしないでいただきたい。今回我々が治したのは、あくまで『一部』……つまり外部要因による疾患です」


「……一部?」


「ええ。疾患であれば、金と技術で修正可能です。しかし、細胞の老化、魂の器そのものの摩耗……いわゆる『寿命』という名のプログラムの終了だけは、我々にはどうすることもできません。リリーさんの母親も、今回の病からは救われましたが、人間としての寿命そのものを引き延ばしたわけではないのです」


 大介の心臓が、嫌な音を立てて脈打った。


「先生、あんた何を……。金ならいくらでもある。研究費を積めば、それだっていつかは……」


「残念ながら、それは医学ではなく、神や禁忌の領域です。代表、あなたはビジネスで奇跡を起こしましたが、それは『死』という絶対的な終着点を少し先送りにしたに過ぎない。……いずれ、金も技術も全く通用しない壁に、あなたは突き当たることになります」


 医師が去った後、大介は冷え切った廊下に一人立ち尽くした。


 部屋の中から聞こえる、リリーの歓喜の泣き声と、エイミーの優しい祝福の声。


(……救える限界がある。金で買えるのは『生存』であって、『永遠』じゃないのか)


 大介の脳裏に、数十年後、老いさらばえて横たわる自分と、今と変わらぬ美しさで自分を見つめるエイミーの姿が、残酷なほど鮮明に浮かび上がった。

 

 ビジネスで全てを解決できると信じ始めた男の前に、種族という名の冷徹な「ことわり」が、再び巨大な影を落としていた。

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