第185話:金と魔法で買える奇跡
リディアトレードの総力を挙げた「オペレーション・エーテル」が、ついに最終局面を迎えていた。
リディアの魔導医たちが「不治」と投げ出したリリーの母の病――魂の枯渇症。
それを救うため、大介は現代医学の粋を集めた特設ラボを本社ビル内に構築していた。
「代表、リディアへの医療ポッド輸送費および、専門医チームの24時間待機費用、さらに希少魔石の買い占めコスト……。現時点で、個人の資産から数十億が動いています」
佐藤がタブレットを手に、冷や汗を拭いながら報告する。
一企業のプロジェクトとしては常軌を逸した支出だ。だが、大介はデスクに足を投げ出し、いつもの「能天気な社長」の顔で鼻で笑った。
「いいじゃねえか。金なんてのはな、こういう『ここ一番』で使わなきゃ、ただの数字の羅列だ。……リリー。お前の母親、絶対に死なせねえぞ」
大介の視線の先では、リリーが魔導モニターを食い入るように見つめている。彼女の瞳には、希望と恐怖が混ざり合った激しい色が宿っていた。
「……ダイスケ。あなた、どうしてそこまでしてくれるの? 私はあなたの会社の役員になったけれど、これはあまりに……」
「勘違いするな。これは投資だ」
大介は立ち上がり、窓の外を見つめた。
「俺は昔、一度勤めていた会社が潰れてる。あの時、金がなかったせいで、守れるはずだった社員やその家族の生活を、俺はあっさりと見捨てちまった。……俺はな、あの時の自分に復讐したいんだよ。金で、技術で、権力で、救えるはずの命を全部救ってやる。それが俺の、ビジネスのやり方だ」
表層の傲慢な言い草。だが、これは過去の挫折に対する痛切なリベンジであり、「エイミーの大切な仲間を悲しませたくない」という、ひたすらに純粋な祈りだった。
やがて、ポータルを通じてリディアから通信が入る。
地球から送られた最新の再生医療薬と、リリーが開発した高効率の魔力循環術式が、母親の衰弱しきった細胞を再起動させたのだ。
「……バイタル、安定しました! 魂の浸食が止まっています!」
スタッフの叫び声に、リリーはその場に膝をついて泣き崩れた。
かつては奇跡を祈るしかなかった絶望。それが今、大介が積み上げた「富」と「知恵」によって、具体的な「勝利」へと書き換えられた。
大介は、震える肩を抱くリリーを見守りながら、自らの掌を握りしめた。
金で、命を買い戻した。
その達成感は、大介にとって何よりの特効薬だった。
しかし、その歓喜の影で、チームを率いていた地球側の医師が、大介にだけ聞こえる声で静かに告げた。
「……代表。今回は『病』でしたから、我々の技術でなんとかなりました。ですが、どうか忘れないでください。我々が挑めるのは、あくまで不具合の修正までです」
大介の笑顔が、一瞬だけ止まる。
「『寿命』という名の、細胞そのものの終わり。それだけは、どれほどの金を積まれても、今の我々には手が届きません」
窓の外、新宿の街は変わらず輝いている。
救えた命。そして、いつか訪れる救えない刻。
大介の戦いは、まだ終わっていなかった。




