第183話:自走する「居場所」の歯車
終身契約が締結された翌日から、リディアトレードの風景は一変した。
大介はまるで何かに取り憑かれたかのように、組織の「自動化」と「権限委譲」を加速させていった。
「ガルガン! リディア側の商会から地球側への納品ルート、お前に全権を預ける。あと、リディアにあるエイミーの自宅周辺の警備もだ。お前の息のかかった信頼できるドワーフを配置しろ」
「がっはっは! 任せろダイスケ。物流を制する者は世界を制す、だろ? お前の元同僚の佐藤って男も、案外根性がある。俺がドワーフ流のシゴキで一流の商人に育て上げてやるよ!」
ガルガンは物流の責任者として、地球のロジスティクスとドワーフの腕力を融合させ、揺るぎない供給網を構築し始めた。
一方、技術部門ではリリーが、サーバー室の一部を「魔導工房」に改築していた。
「リリー、魔法R&Dの予算は青天井だ。地球の科学では説明のつかない『奇跡』を、誰でも使える『製品』に落とし込んでくれ。お前の魔導知識が、この会社の生命線になる」
「……言われなくても分かっているわ。この『ぷろグラミング』と魔法陣の並列処理、完成すれば私が死んでも勝手に魔力が供給され続けるシステムになる。……あなたが望む『不滅の基盤』、私が作ってあげるわ」
そしてセレナは、新設された「監査役」として、経営の表舞台に立つエイミーの真後ろに控えた。それは、経験の浅いエイミーを支える「精神的支柱」であり、大介の意図を汲み取って組織を正しく導く、会社の良心としての役割だった。
大介はさらに、かつて苦楽を共にした佐藤ら元同僚たちを呼び寄せ、厳命した。
「いいか、お前ら。……俺がいなくなっても、エイミーがそこにいれば会社が成り立つようにしろ。あいつが笑っていられる環境を、仕組みとして固定するんだ。それがお前らの、本当の仕事だ」
大介の言葉は、もはや経営指示を超えて「遺言」に近い響きを帯びていた。
エイミーは、そんな大介の姿を執務室の片隅で見つめていた。大介が自分のために、血を吐くような思いで「自分が消えた後の世界」を塗り替えているのが痛いほど伝わってくる。
「……大介さん。そんなに急いで、どこへ行こうとしているんですか?」
エイミーが寂しげに呟くと、大介は一瞬だけ足を止め、振り返った。
その顔には、いつもの「能天気な社長」の仮面が張り付いている。
「どこへも行かねえよ、エイミー。俺はただ、俺という『点』じゃなく、リディアトレードという『円』を描こうとしてるだけさ。……そうすれば、お前はずっと、その中心で輝いていられるだろ?」
大介はそう言って笑い、再び会議へと戻っていった。
エイミーはその背中に向かって、そっと手を伸ばす。
大介が用意してくれた完璧な「居場所」。回り始めた自走する歯車。
けれど、その歯車のどこにも、大介がずっと留まり続けるための「遊び」がないことに、エイミーは深い悲しみと、それを上回るほどの愛おしさを感じるのだった。




