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第181話:十年の重み、百年の孤独

深夜。新宿の喧騒が低く地響きのように鳴り響くホテルのバルコニーで、セレナとエイミーは二人、冷えた夜気に包まれていた。


 エイミーは、手元のシャンパングラスに映る摩天楼の光を、どこか心ここにあらずといった様子で見つめている。


「……エイミー、何を怖がっているの?」


 セレナの静かな問いに、エイミーの肩が小さく跳ねた。


親友に隠し事はできない。エイミーは震える指先でグラスを置き、ポツリと本音を漏らした。


「セレナ……。今日、大介さんの計画を聞いて、恐ろしくなったんです。大介さんは、自分がいなくなった後のことばかりを完璧に整えようとしている。それは、私を愛してくれているからだと分かっています。でも……」


 セレナは横に並び、遠くの地平線を眺めた。


エルフの視力は、暗闇の先にある未来まで見通そうとするかのようだった。


「人間に見えている景色と、私たちに見えている景色は違う。……エイミー、人間の『十年』がどれほどの重さか、考えたことはある?」


「十年……。私たちにとっては、新しい魔法を一つ習得する程度の、短い時間です」


「そうね。でも、彼らにとっての十年は、肉体が老い、積み上げた経験が結晶となり、人生の季節が一つ変わるほどの重みがあるの。彼らは、自分が燃え尽きる速度を知っているからこそ、あの圧倒的な熱量で今日を生きている」


 セレナは、エイミーの白く瑞々しい頬に手を添えた。


「ダイスケがあと三十年、この会社を支えたとしましょう。その時、彼は人生の終盤を迎え、身体は衰え、死の影が背後に迫っている。……けれどエイミー。その時、あなたはどうなっていると思う?」


 エイミーは息を呑んだ。

 答えは分かっていた。エルフの時間は停滞している。


三十年後も、自分はこの若々しい肌のまま、今の姿とほとんど変わらずにそこに立っている。


「彼は去り、あなただけが、今のまま取り残される。……ダイスケが恐れているのは、自分の死そのものではないわ。あなたが、永遠に近い孤独の中で、彼という一瞬の火花を思い出しながら、何百年も泣き続ける未来よ」


 セレナの言葉は、鋭いナイフのようにエイミーの心層を切り裂いた。


 大介が「急ぎすぎていた」理由。彼が強引にセレナたちを組織に縛り付けた理由。


それは、自分という太陽が沈んだ後の長い、長い夜を、エイミーが一人で歩かなくて済むようにするため。


「大介さんの十年は、私の百年よりも濃い……。だから、あんなに焦っているんですね」


 エイミーの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 愛する人の「終わり」を前提とした愛。


それを知ったとき、彼女の中にあった「少女」の甘えは消え去った。


 人間とエルフ。交わることのない二つの時計の針が、新宿の夜に残酷な音を立てて刻まれていた。


 エイミーは涙を拭い、夜空を見上げた。大介が遺そうとする「仕組み」ではなく、彼と共に歩む「今」をどう守るべきか。その答えを探して。

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