第179話:隠された影と、リディアからの手紙
オフィスが活気に沸く中、大介の目は誤魔化せなかった。
先ほどまで「肉まん最高!」と笑っていたガルガンが、リリーの肩に重々しく手を置き、二人で深刻な顔をして執務室の隅に消えていくのを見たからだ。
「……リリー、何かあったのか?」
大介が声をかけると、リリーはびくりと肩を揺らし、手に持っていた青白く光る「魔導書簡」を背後に隠そうとした。
だが、その瞳には隠しきれない不安と、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっている。
「……なんでもないわ。ただ、リディアの魔法学院から、研究データの催促が来ただけ……」
「嘘をつくな。お前、さっきから手が震えてるぞ」
大介が静かに、しかし拒絶を許さないトーンで告げると、隣にいたガルガンが深く溜息をつき、代わりに口を開いた。
「隠したって無駄だ、リリー。……ダイスケ、こいつが親善大使を引き受けたのは、地球の技術に興味があったからだけじゃねえんだ。リディアに残してきた母親のためなんだよ」
リリーの母親は、リディアでも稀な奇病「魂の枯渇症」に侵されていた。
魔力の源が少しずつ削り取られ、最後には眠るように衰弱死する病だ。
リディアの治癒魔法では進行を遅らせるのが精一杯で、完治させるには、天文学的な金額の治療費か、未知の術式が必要だった。
「……ごめんなさい。私、あなたの会社の予算を、お母さんの治療費に回そうなんて、そんな厚かましいこと……」
リリーは顔を伏せ、声を詰まらせた。
彼女にとって、大介が用意してくれたこの場所は、何よりも大切な「居場所」だった。
それを、私情で汚したくないというプライドが彼女を苦しめていたのだ。
だが、大介は「なんだ、そんなことかよ」と、呆れたように笑い飛ばした。
「リリー。俺がこの会社をどれだけデカくしたと思ってる? お前の母親一人救えねえような稼ぎなら、こんな会社さっさと畳んだほうがマシだわ」
「ダイスケ……?」
「佐藤さん! こないだ話していた提携先の大学病院の教授に連絡しろ。リディアの生体データと地球の再生医療を組み合わせた特設チームを作るぞ。金ならいくらでも出す。……リリー、お前の母親は、俺の会社の『大事な家族』だ。絶対に見捨てねえよ」
大介の言葉は、「能天気な社長」としての力強さに満ちていたが、その裏にはかつて倒産で救えなかった社員たちの顔が浮かんでいた。
あの時、守れなかった「当たり前の生活」を、今の自分なら、この圧倒的な富と技術なら守れる。
「……ありがとう。本当に……ありがとう、ダイスケ」
リリーはついに堪えきれず、大介の胸に顔を埋めて泣き出した。
かつての挫折を「救い」に変えるための戦い。
大介は、ビジネスという武器を使って、運命という名の残酷な「影」を打ち破る決意を固めていた。




