第177話:一瞬の火花、永遠の静寂
喧騒が去った深夜のリディアトレード本社。
最上階のテラスでは、新宿の夜景を背景に、大介とセレナが向かい合っていた。
「……ダイスケ。あなた、この事業計画書、本気で言っているの?」
セレナが手元のタブレットを指先で弾く。
そこには、今後五十年にわたる詳細な運用マニュアルと、大介が不在でも組織が機能し続けるための「完全自動化」のロードマップが記されていた。
「ああ、本気だ。俺が現場にいなくても、リリーの技術とガルガンの腕っぷし、そしてセレナの知恵があれば、リディアトレードは揺るがない。……俺は、この会社を『誰が欠けても回る仕組み』にしたいんだ」
大介はいつものように能天気な口調を装ったが、セレナの鋭いエルフの瞳は、彼に潜む焦燥を見逃さなかった。
「表向きは経営の効率化ね。でも本音は違うわ。……あなたは、自分がこの世界から消えた後のことを考えている。そうでしょう?」
大介の背中が、わずかに揺れた。
「俺は人間だ。あと百年もすれば、エイミーを置いて先にくたばる。……でも、あいつは違う。俺が死んだ後、あいつはまだ人生の入り口にすら立っていない年齢で、数百年の時を独りで生きなきゃならないんだ」
大介は、夜風に吹かれる自分の節くれだった手を見つめた。
「俺がいなくなった後、あいつがまたリディアの貴族どもに『落ちこぼれ』だと指を差されるのは、死んでも御免なんだわ。だから、あいつが『ドリルエルフ』として、この巨大な会社の主として君臨し続けられる『城』を……今のうちに完成させておかなきゃならねえんだよ」
その言葉を、テラスの陰でエイミーが聞いていた。
大介に忘れ物を届けようとして、偶然耳にしてしまった彼の本心。
「……ダイスケ、あなたは優しいわね。でも、あまりに残酷よ」
セレナの声が、夜の静寂に溶ける。
「私たちエルフにとって、あなたの時間はまばたきのようなもの。けれど、人間であるあなたにとっての十年は、人生の重い断片だわ。……その『時間の温度差』を、あなたは一人で背負おうとしているの?」
エイミーは、胸を締め付けられるような衝撃に、その場に立ち尽くした。
大介の愛は、あまりにも献身的で、そして「別れ」を前提としていた。自分が幸せになればなるほど、大介との「終わりの時間」が近づいてくる。
大介の思いの裏側にある、震えるような繊細な愛惜。
二人の間に横たわる、種族という名の残酷な「時間差」が、新宿の夜景よりも深く、暗い影を落とし始めていた。




